中国平安(ピンアン)保険グループとタッグを組み、合弁会社によるトータルヘルスケアサービスの展開を発表した塩野義製薬。後編は、IT評論家の尾原和啓氏が、平安塩野義の吉田達守 董事長兼CEO(最高経営責任者)に海外企業と交渉を成功させた秘訣や今後の展開を聞いた。
<前編はこちら>
尾原和啓⽒(以下、尾原氏) 両社が目指すのは、未病の状態から病気の予防、診断、フォローアップまでワンストップで行うヘルスケア・アズ・ア・サービス(HaaS)です。平安保険さんが顧客接点として「平安グッドドクター」アプリでのオンライン診療や保険などの提供を行っている中で、塩野義さんは、どのような役割分担をされるのでしょうか?
吉⽥達守氏(以下、吉田氏) 新薬の研究開発にはこだわっていきます。この事業の中で、ユーザーに必要とされる医薬品を提供することは1つの軸です。現在、製薬業界は高額医療がビジネスモデルになっていて、1錠が数万円だったり、1回投与するのに何千万円かかったりするケースも見受けられ、本当に困っている患者さんに薬を提供できないという課題があります。
患者様を集めて臨床開発をするなど、新薬を開発するには多大なお金がかかります。これをどれだけコンパクトに効率化できるかが必要になってくるわけですが、平安保険さんの膨大なデータやAI(人工知能)を活用することで、コストを下げて効率的に創薬できるようになります。今回の協業で新薬の価格を下げ、より多くの方々に提供できるようにしていきたいと考えています。もちろん、各種のデータは平安塩野義が責任を持って取り扱い、中国から外へは持ち出しません。
尾原氏 一つひとつの創薬にかかるコストを下げると同時に、より裾野が広い創薬にもつながっていきそうです。
吉田氏 ただ、当社だけでこの仕組みを独占することは考えていません。各製薬会社が素晴らしい新薬を開発し続けているはずなので、1日も早く、良い新薬を患者様に届けられるのであれば、他社にもサービスとして提供し、業界全体で使っていただけるサービスにしていきたい。自社だけのものとするよりも、その方がビジネスとしては結果的に良い形になるのではないかと考えています。
尾原氏 創薬を支援する仕組みを他社にも開示していくことが将来的にはあり得るわけですね。まさにプラットフォームですね。
吉田氏 日本や中国だけにとどまらず、世界中の製薬会社にこの仕組みやサービスを提供していければ、社会貢献ができるのではないかと思っています。これは、平安保険さんと協業する中で生まれてきたアイデアです。
まずは既存の製品から着手していく
尾原氏 すてきな考え方ですね。そうすると今後は、新薬や裾野の広い薬をつくっていくというR&D(研究開発)プロセスがメインで、開発に成功したら販売フローに踏み込んでいくという流れになるのでしょうか?
吉田氏 こちらの順序に関してはむしろ逆になります。例えば、中国で販売しているジェネリックなど既存のアセットを使って協業をスタートするところから始めます。既存のアセットと言っても、欧米で承認がとれている新薬でも、中国で事業として立ち上がるのには2年ほどは必要です。新薬を提供する仕組みも従来の販売方法だけではなく、平安保険さんと相談しながら新しい形で新薬を患者さんに提供できるように進めていこうと考えています。
尾原氏 最初は病気を発症したときから完治までのペイシェント・ジャーニーの話だと思っていましたが、一方で、新薬の裾野を広げるためにリサーチから研究・開発、販売までと、リーズナブルな価格で薬を提供するというビジネスサイドでのDX(デジタルトランスフォーメーション)でもあるわけですね。
吉田氏 おっしゃる通りです。まずは今あるアセットから始めることになるので下流からのスタートになりますが、平安保険グループのITと塩野義のサイエンスと融合させて、新薬を含め、新しいソリューションを提供していく。時間がかかることですが、最終的にはそこまで達成したいと思っています。
文化や考え方の違いを受け入れるのが成功のコツ
尾原氏 コンシューマー側とビジネス側との双方をDXしつつ、創薬を進めるというかなり大きなコラボレーションを、海外企業と進められたわけですが、今振り返ってみて、これほど深い議論をできた理由は何だと考えられますか?
吉田氏 両社顔合わせをしてから最終的に合弁会社として契約を締結するまで、ほぼ1年かかりました。
尾原氏 それでも、1年は非常に早いと思います。
吉田氏 正直、国や文化が異なるだけでなく、保険会社と製薬会社で業界も価値観も違っていたので、苦労しました。私たちはモノをつくり、売るという典型的なパイプラインビジネスを行っていますが、彼らはプラットフォーマーです。提供するサービスに対する課金の仕方が全く違っていて、最終的に折り合うところが見つからないのではないかと思うことが何回もありました。
その中で大切だと感じたのが、最終的に何を実現したいのかを擦り合わせておくことです。私たちの場合は、「親会社が子どもの財布からお金を抜くようなことはせず、このジョイントベンチャーを大きく育てよう」です。この考えの下で話し合いができたからこそ、最終的に合意まで至ることができたと思っています。
また、会社から与えられた仕事ではなく、本当にこの事業を実現したいという強い思いを持ったプロジェクトメンバーで構成されていたというのも大きいのではないでしょうか。
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