2020年9月から配信されているテレビ&ビデオエンターテインメントサービス「ABEMA」発の異色の俳優育成オーディションバトル番組『主役の椅子はオレの椅子(以下、オレイス)』。仕掛け人座談会の後編は、オンライン時代の舞台の在り方や現代の若者の価値観などで盛り上がった。

※日経トレンディ2021年1月号の記事を再構成

『主役の椅子はオレの椅子』(ABEMA)
『主役の椅子はオレの椅子』(ABEMA)
19人の若手俳優たちによるオーディションバトル番組。出演者たちは、脱落した場合「出演はせず舞台の裏方に回る」または「完全に番組を降りる」のどちらかを選ぶというルールの下、舞台の出演権が与えられる10人の枠をまず争う。12月2日時点で勝ち残った写真の10人には、劇団鹿殺しの丸尾丸一郎が演出するオリジナル舞台への出演権が与えられた。今後は優勝者1人に与えられる、堤幸彦が監督を務める映画の主演権を争う。12月23日の生放送で優勝者が決定する
[画像のクリックで拡大表示]

前編はこちら

今後はオンラインとリアルの両輪で楽しむ時代

――今後、ABEMAの中で舞台コンテンツやビジネスを展開していく狙いはあるのでしょうか?

藤田晋氏(以下、藤田) 具体的に何かが決まっているわけではないですけど、舞台には興味を持っているので、何かしらうまくABEMAと連係できたらと思っています。もともとリアルなイベントというのはネットによって市場規模が大きくなったと思っています。それこそネットからイベント情報を仕入れたり、申し込むきっかけがSNSだったり……。

――2020年6月には「ABEMA PPV ONLINE LIVE(アベマ・ペイパービュー・オンライン・ライブ)」が実装されました。

藤田 舞台のオンライン配信はまだ行っていませんが、人気の公演となるとチケットが買えない人が多くいます。それこそネルケプランニングさん主催のものはチケット即完はよくある話だし、席が買えなかった人たちに“配信”で見てもらえたらいいなぁと思っています。そういう意味では新型コロナウイルス感染症が収束しても、オンライン配信の需要はあると考えていて、現場に行けなくてもいいから一緒の空気を感じたいという人に対してコンテンツを提供したいと思っています。

舞台には興味を持っているので、何かしらうまくABEMAと連係できたらと思っています(藤田)
舞台には興味を持っているので、何かしらうまくABEMAと連係できたらと思っています(藤田)
[画像のクリックで拡大表示]

松田誠氏(以下、松田) 今後はオンラインとリアルの両輪で楽しむ時代になると思います。そうなると「舞台のチケットが取れないので、仕方がないからオンラインで」というのではなく、「オンラインでしか楽しめない何かがある」ということが重要。例えば、最近は最前列のセンター席からの目線で楽しめるオンライン配信というのがあったりします。その席はファンなら当然誰もが座りたいようなプレミアシートなわけですけど、オンライン配信にすることで、誰もが同じような臨場感を味わうことができます。さらに“推しカメラ”といって自分が推している俳優だけを見続けられるサービスも動き出しています。

尾上松也氏(以下、松也) それは面白いですね。

松田 今までオンライン配信というのはリアルの代替えのような位置付けだったと思うんですけど、そのマインドのままでは文化は形成されていかない。ネットはネットでさらに面白くなるような試みを考えていく必要がある。リアルでは体験できないことを配信でやっていこうと、業界全体が向かっている時期だと思います。

今後はオンラインとリアルの両輪で楽しむ時代になると思います(松田)
今後はオンラインとリアルの両輪で楽しむ時代になると思います(松田)
[画像のクリックで拡大表示]

蹴落とそうとする人が現れないのがすごい

――SNSが普及した現代、共感性や距離感を大事にするなどイメージ戦略は必須だと思いますが、「オレイス」の出演者はそういうものを超越しているというか、とにかく“主役の座をつかみたい”というひた向きな姿に胸を打たれます。

藤田 若い俳優があんなに一生懸命で必死になるんだというのは初めて知りました。もっと斜に構えていると思っていました。これまで見たことのないものを見ている感覚ですね。

松田 それに番組が進むにつれて人が変わっていきましたよね。初回で「すれ違う清掃員にあいさつをするか・しないか」という審査が行われましたけど、そのときできなかった子が今ではしっかりあいさつをするようになりました。「オレイス」に出たことで人に感謝することの大事さだとか、この環境は当たり前じゃないということを出演者全員が学んでいると思います。

松也 見始めたときはあまりにも純粋な世界で「裏があるんじゃないか」とあら探しをしていましたが、なかなか見つからない。みんな本当に頑張るから。

――今回の番組の肝の1つが脱落者に「スタッフとして残るか・現場から去るか」の選択権を与えることだと思います。

松也 1人目の脱落者のニシケン(西原健太)が“現場に残る”と決めたわけですけど、やはり残ったことに意味はあると思いましたし、あの選択の場面は非常に人柄が出て面白いですよね。

松田 みんな本当に熱くて、仲良いじゃないですか。だからこそ、仲良くなればなるほど脱落というルールは残酷になる。毎日、誰かがオーディションから姿を消すわけだから、出演者たちの心は休まらないでしょうね。

藤田 その一方で、脱落者が決定すると、みんなが泣いていることから雰囲気の良さが分かりますよね。

松也 また課題も絆を生むようなもの多いから。毎回「これじゃまた絆が強くなっちゃうじゃん。やめてあげてよ~」って叫んでる。(笑)

「舞台の裏方に回る」選択をした際のニシケン(西原健太)
「舞台の裏方に回る」選択をした際のニシケン(西原健太)

――ひと昔前は“俳優=破天荒”というイメージが強かったですが、現代は素直というかしっかりしている子が俳優に向いているのでしょうか?

松田 それは難しい質問ですね。誰かが“もうこれからの時代は勝新太郎や古田新太は現れない”なんて言っていたけど、いつも酔っ払っていて、社会的に見たら突っ込まざるを得ないような人も実際それが芸の幅につながっていた時代が本当にありました。でも今の時代の若者は分をわきまえているというか、みんないい子なんですよ。

松也 歌舞伎の世界も一緒かもしれません。僕より下の世代は、真面目な子が多い。飲みに行ってそれこそ二日酔いのまま仕事をするなんてことはまずあり得ません。僕らの世代までは“お酒が残っていても芝居ができてこそプロ”みたいな空気感があったんです。(笑)

松田 今となっては恐ろしいロジックですよね。(笑)

松也 ですが今の若い世代にこれを伝えるのは難しい。もちろんそれは役者だけの問題ではなく、社会がどう見るのかというのが一番大きいからです。そういう空気感の中では新たな勝新太郎や古田新太はやっぱり生まれにくいでしょうね。

松田 今の若い役者に「将来どうなりたいの?」と聞くと、「役者として食べていきたいです」と堅実な答えが返ってきます。昔みたいに「ハリウッドに行きたい!」とか大きな夢を語る子はほとんどいない。良くも悪くもちゃんとしている子たちが多い印象ですね。

藤田 「オレイス」は極端な話、最後に1人が勝ち残るシステムだけど、蹴落とそうとする人が現れないのもすごいですよね。

松也 そうなんです。僕も若い頃はとがっていた部分があったので、最初は奪い合いみたいな構図になるのかなと思っていましたけど、27歳で一番年上の久保雅樹くんが、最初の紹介VTRで控えめなアピールをしていて、「やる気あるのかな」と思ったりもしました(笑)。個人的にはギラギラしている人のほうが好きなので。でも実際番組ではそういう支え合いの場面もありますし、それでいて不思議と競争も行われている。うまく“現代と昔”が融合できている感じが面白いですよね。

松田 そんな中、清水田(龍)くんは割と勝ち気な人材ですよね。

松也 清水田くんは、最初の段階から“危ない空気感”を漂わせていたんですよ。不器用さはあるんですけど、真ん中に立つイメージがしやすいという意味だと、彼みたいな存在は主役として考えやすいと思います。

――松也さんから見た主役に向いてそうな子はいるのでしょうか?

松也 やはりどこか“主役っぽい空気感を持っている子”は何人かいます。結局、主役というのは存在感が重要で、主役としてそこに立っている姿が想像できるかというのは大きな要素です。そのイメージがしやすいメンバーはいますね。

僕より下の世代は、真面目な子が多い。飲みに行ってそれこそ二日酔いのまま仕事をするなんてことはまずあり得ません(松也)。スタイリスト/椎名宣光、ジャケット6万5000円(IKIJI/IKIJI:TEL03-3634-6431)、その他スタイリスト私物
僕より下の世代は、真面目な子が多い。飲みに行ってそれこそ二日酔いのまま仕事をするなんてことはまずあり得ません(松也)。スタイリスト/椎名宣光、ジャケット6万5000円(IKIJI/IKIJI:TEL03-3634-6431)、その他スタイリスト私物
[画像のクリックで拡大表示]

競いながらも支え合うような番組の形

――先ほど、松也さんから「課題が絆を生む」というお話がありましたが、10キロメートルマラソンや腕上げ、座禅など演技とは程遠いと思えるような審査内容が含まれているのも面白いですよね。

松也 不思議なほどみんな真っすぐに取り組んでますよね。

藤田 「何で役者の審査で空気椅子が必要あるんだよ」って誰かが言い出してもおかしくないと思うんだけど。

松田 そうなんですよ。でも結局数々のお題を通じて、丸尾(丸一郎)さんは彼らの人間性を見ているんだろうな。序盤はみんなボヤッとした顔つきだったけど、今は全員凛々(りり)しい表情になってます。

藤田 もしかしたらもっと年配の方が番組をプロデュースしていたら、やっぱり1つの席を貪欲に奪い合うようなパン食い競走のような演出になっていたと思います。今の若い視聴者はそういう演出に対し難色を示したりするので、今の競いながらも支え合うような番組の形は正解なのかなと思います。

松也 今の時代の社会性だとか、“支え合っていこう”という機運が高い中で育っていると、やっぱり今が素直な形だと思いますね。

藤田 尺に余裕があるABEMAだからこそ、あのまったりとした形がつくれていると思います。地上波で放送するともっとエッジの効いた展開に行きがちというか……。

――日経クロストレンドや日経トレンディの読者層は30~40代の男性がメインです。これから主役決定に向け番組は最終章に向かっていくわけですが、まだ見ていない方に「オレイス」を楽しく見られる方法を教えてください。

松也 見始めると若い子の良さを再認識できると思いますし、新しい世代のことを知ることはビジネスをする上でも何かヒントになると思います。

松田 基本的に毎週壁にぶち当たることの連続ですけど、必死にもがいてその壁を打ち破っていく姿が痛快です。きっと社会人もあの姿に勇気をもらえると思います。特に男性はメンバーを見守るというより、自分があのメンバーの中にいたらどうしているだろうかとか、メンバーに自分や友人を投影したりしながら楽しめるんじゃないかな。

藤田 僕の奥さんもハマっている番組です。女性は息子を見守るような目線でもいいので、なぜ人々がこの番組にハマるのかを1度見て確かめてほしいと思います。

藤田 晋(ふじた すすむ、右)
サイバーエージェント代表取締役社長
1998年にサイバーエージェントを創業。ネット広告で飛躍し、2000年に26歳で東証マザーズに上場。16年にテレビ&ビデオエンターテインメントABEMA(開局時:AbemaTV)をスタート。
尾上 松也(おのえ まつや、中央)
歌舞伎俳優
尾上松助(六代目)を父に持つ。歌舞伎以外にも舞台やミュージカルに出演するなど幅広く活動。20年にヒットしたドラマ『半沢直樹』(TBS系)にも瀬名洋介役として登場し話題となった。
松田 誠(まつだ まこと、左)
ネルケプランニング代表取締役会長
ミュージカル『テニスの王子様』やミュージカル『刀剣乱舞』といったヒット作を手がける演劇プロデューサー。一般社団法人・日本2.5次元ミュージカル協会の代表理事も務める。

(写真/稲垣 純也)