2020年のエンターテインメント業界ではアイドルデビューを懸けたサバイバルオーディション番組が大きな熱狂を生んだ。そんな中、20年9月からテレビ&ビデオエンターテインメントサービス「ABEMA」では、異色の俳優育成オーディションバトル番組『主役の椅子はオレの椅子(以下、オレイス)』が配信され、人気が上昇。共同企画者であるサイバーエージェント代表取締役社長の藤田晋氏、ネルケプランニング代表取締役会長の松田誠氏と、MCを務める尾上松也氏に番組の魅力を語ってもらった。

※日経トレンディ2021年1月号の記事を再構成

『主役の椅子はオレの椅子』(ABEMA)
『主役の椅子はオレの椅子』(ABEMA)
19人の若手俳優たちによるオーディションバトル番組。出演者たちは、脱落した場合「出演はせず舞台の裏方に回る」または「完全に番組を降りる」のどちらかを選ぶというルールの下、舞台の出演権が与えられる10人の枠を争う。勝ち残った10人は、劇団鹿殺しの丸尾丸一郎が演出するオリジナル舞台への出演権を獲得。また1人の優勝者には、堤幸彦が監督を務める映画への主演権も与えられる。12月23日の生放送で優勝者が決定する
藤田 晋(ふじた すすむ、右)氏
サイバーエージェント代表取締役社長
1998年にサイバーエージェントを創業。ネット広告で飛躍し、2000年に26歳で東証マザーズに上場。16年にテレビ&ビデオエンターテインメントABEMA(開局時:AbemaTV)をスタート。
尾上 松也(おのえ まつや、中央)氏
歌舞伎俳優
尾上松助(六代目)を父に持つ。歌舞伎以外にも舞台やミュージカルに出演するなど幅広く活動。20年にヒットしたドラマ『半沢直樹』(TBS系)にも瀬名洋介役として登場し話題となった。
松田 誠(まつだ まこと、左)氏
ネルケプランニング代表取締役会長
ミュージカル『テニスの王子様』やミュージカル『刀剣乱舞』といったヒット作を手がける演劇プロデューサー。一般社団法人・日本2.5次元ミュージカル協会の代表理事も務める。

番組を通じてABEMAからスターを生み出したい

――ABEMAで俳優育成オーディション番組を立ち上げた経緯を教えてください。

藤田晋氏(以下、藤田) 以前、ネルケプランニング主催の舞台『A3!』と『ハイキュー!!』を見させていただく機会がありました。その会場に集まるファンの熱狂を肌で感じて、「ABEMAで何かをやらせてもらえないか」という話を松田さんにしたところからスタートしました。

――現場で感じた熱をABEMAの番組に反映させたいという思いがあったということでしょうか?

藤田 そうですね。(イケメン役者育成ゲームを舞台化した)『A3!』の会場には男性客はほとんどいませんでしたけど、僕が見ても面白いと感じました。

“ABEMA発のスター”を輩出するということは、開局当初からの悲願(藤田)
“ABEMA発のスター”を輩出するということは、開局当初からの悲願(藤田)

――コロナ禍で演劇業界が商業的な意味で厳しい状況というのを受けて「盛り上げよう」と始まったわけではないんですね。

松田誠氏(以下、松田) 企画が動き出したのはそれよりも前です。藤田さんが舞台を見て「こういう世界があって、これだけの人が熱狂しているんだ」と肌で感じてくださったことが始まりでした。初めからオーディション番組のアイデアで動き始めたわけではなく、いくつかの選択肢がある中から、“番組を通じて若い俳優のスターを生み出そう”と今の形に着地しました。

藤田 我々としては2016年にABEMA(開局時:AbemaTV)を立ち上げて、“ABEMA発のスター”を輩出するということは、開局当初から1つの成功の証しだと考えていましたし、ある種の悲願でもあります。これまでにも『格闘代理戦争』や『ラップスタア誕生!』など僕の好きなジャンルでスター発掘番組は立ち上げてきましたが、今回は松田さんとご相談して俳優のスター発掘をやってみようと。

松田 今、若い子の役者志望者は増えています。近年、ABEMAをはじめとした配信プラットフォームが増加しているので、当然比例するようにコンテンツの数も増えている。要するに活躍できる場が多くなっています。そうした背景から役者を目指す若者が増加傾向にあるんだと思います。

今、若い子の役者志望者は増えています(松田)
今、若い子の役者志望者は増えています(松田)

古くて新しい昭和のスポ根系オーディション

――MCを務める尾上松也さんから見て、番組の手応えはいかがですか?

尾上松也氏(以下、松也) 純粋に面白く、これまで見たことのないようなオーディション番組になっていると思います。また、勝ち残った10人が最終的に手に入れるものは、とても大きいですからね。この番組を通じてスターが生まれる可能性があるわけですから、それを想像しながら見ると楽しいですね。とはいえ僕だったらこんな過酷なオーディションは絶対に受けたくないと思います。(笑)

僕だったらこんな過酷なオーディションは絶対に受けたくないと思います(松也)。スタイリスト/椎名宣光、ジャケット6万5000円(IKIJI/IKIJI:TEL03-3634-6431)、その他スタイリスト私物
僕だったらこんな過酷なオーディションは絶対に受けたくないと思います(松也)。スタイリスト/椎名宣光、ジャケット6万5000円(IKIJI/IKIJI:TEL03-3634-6431)、その他スタイリスト私物

――勝者へのご褒美についてですが、これはどういった経緯で決定したのでしょうか?

藤田 オーディションの内容がとても過酷なので、それ相応のインセンティブを、と考えました。

松田 そうですね、途中から一気に豪華になりましたよね。

松也 きちんとオーディションをするとはいえ、まだ見たことのない人を主役に抜てきすると約束するわけですから、堤幸彦監督の懐の深さには感服いたします。一方で演劇に関わる身として、新しい人材の発掘というのは、必要なことだと思いますし、今、役者が表現できる裾野が広がっているだけに、そのチャンスもどんどん広がっていくべきだと思っています。そういう意味では今後競争も激しくなっていくでしょうし、この番組が演劇界の底上げにつながる1つのきっかけになればいいですよね。

――番組の反響はいかがですか。

藤田 番組が折り返しに差しかかったタイミングで視聴者に参加してもらう「推しメン投票」をスタートさせましたが、わずか6日間で50万票が集まりました。今までのABEMAで見たことのない数字です。視聴者一人ひとりにすでに推しメンができているということですよね。

――2020年はオーディション番組発のアイドルが注目された1年でしたが、「オレイス」はそれ以前に企画されたものでしょうか?

藤田 そうですね。韓国の事例はもちろん見ていましたが、NiziUが生まれる前の段階で企画はしていました。

松田 昔からオーディション番組はありましたけど、「オレイス」は見てもらえると分かる通り、今風ではないというか、どこか昭和の匂いを感じることができます。汗を流したり、涙したり、あそこまで“スポ根”のような切り口のオーディション番組はこれまで見たことがありません。

松也 (講師および審査を務める)丸尾丸一郎さんの厳しさと愛情あふれる言葉はすごく感動しますよね。しゃべり方とか昭和のドラマそのものですし。(笑)

松田 むしろ時代に逆行している感覚すらあります。(オーディションの)流行に乗っているというよりは、原点に立ち返っているというか……決してキャッチーで、かわいらしい感じではなくて、本当に根っこのところで人生を懸けた勝負をしようという空気の中で番組は進んでいます。

藤田 実際、オーディションに落ちると、みんな最後泣いてますからね。それを見ると“誰も落とさないでほしい”という気持ちになってくる。

松也 バーヒー(飛葉大樹)なんてまだ番組が終わってないのに、仕事が増えているみたいですよ。

松田 俺の周りでもバーヒーを推す人は多いです。

藤田 彼はずっと当落線上にいるのに、なんだかんだ落ちないのがいいですよね。

松田 そうですね。先日、「主役決定編」に進むことが決まった12人のキービジュアルを僕が撮影させていただいたのですが、1日で全員を撮影する予定だったのに現場には11人しかいなかった。よく見るとバーヒーだけいなくて「辞退しちゃったのかな」とスタッフに聞いたら「バーヒーだけスケジュールがどうしても合わなかった」と言われちゃって……。

一同 爆笑

藤田 売れっ子だ。

松也 売れっ子ですよ(笑)。結局、バーヒーだけ別日で撮影したのですが、彼は話してみるとまたいいヤツなんですよ。そんなふうにそれぞれの魅力は一瞬のビジュアルだけでは分からない。「オレイス」は集団生活の様子に迫っているからこそ、出演者の魅力や個性がダイレクトに伝わってきます。

番組中で、様々な試練が与えられる
番組中で、様々な試練が与えられる
毎回、「喜怒哀楽の表現」「10キロメートルマラソン」などバラエティーに富む課題が提示される。写真の9話では、能力審査として「書道」が課せられた。候補生たちが自分を表す一文字を書いた。左下の写真が“バーヒー”こと飛葉大樹

今の視聴者は参加意識が強い

――番組の盛り上がりをつくる施策はどのようなことを行いましたか?

藤田 まずは番組の熱狂的なファンをつくれば、その方々を核にネットで拡散されると思ったので、焦らずにいました。実際しっかりと視聴者の数は伸びてきているし、ハマっている人も増えてきていて、いいトレンドにあると思います。あとはこのトレンドをどのように広げていくか、というところですね。

――では今のところコンテンツの魅力で勝負しているということ?

藤田 魅力があればネットはマーケティングがしやすいのです。一方で逆は難しい。どんなに宣伝に力を注いでも、みんなが面白いと思わないものは広がっていきません。

――ABEMAはTwitterのフォロワーは181万人、公式YouTubeチャンネルの登録者数も150万人います。SNSを活用した宣伝が非常に巧みな印象がありますが、今回Twitterを活用した「RT(リツイート)バトル」(放送終了後、ABEMAの公式Twitterから投稿されたメンバーの画像・動画へのRT数を競う)が行われています。

藤田 そこはもちろん戦略的にやっていますし、実際Twitterなどの取り組みをきっかけに熱狂的に応援してくれる人が広がっていると思います。

松田 今のお客さんってただ見ているだけよりも、参加意識がすごく強いと思います。ハロウィーンがすごい熱狂を見せる背景も“自分が主役になれる”ということが大いにあるように思う。そういう意味でもこの番組は視聴者が投票に参加することで勝負に加わる感覚が味わえる。これは結構重要なことだと思いますし、どのタイミングでどう参加してもらうかは念入りに打ち合わせをしました。

――視聴者の参加方法が重要ということでしょうか?

松田 ただ単に1人1票を投じるだけだと、それだけで終わってしまうし、応援のしがいもないじゃないですか。そこで今回は“番組放送期間は何度でも応援できる”というアイデアを取り入れました。

藤田 投票をきっかけに推しを絞り込むこともできますしね。

松也 そうですよね。“みんな頑張れ!”という気持ちではあるんですけど、いざ投票するとなるとやっぱり人間は絞り込む作業をしますから。

藤田 スタジオの出演者も毎週推しが変わってましたもんね。

松也 やはり、落ちそうな子は応援したくなりますよ。そういう意味ではバーヒーは得をしてます。常に当落線上にいるから。

松田 それ故、画面にもよく映ってますしね。(笑)

藤田 バーヒーは菅田将暉に見えなくもない。

松田 さっきからバーヒーの話ばっかですね。(笑)

(後編に続く)

(写真/稲垣 純也)

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