ファンに惜しまれつつ終了した位置情報ゲーム「テクテクテクテク」が、2020年10月1日に「テクテクライフ」として復活。移動により地図を塗るシンプルなゲームだが、街おこしやプロモーションに活用しようと、企業や自治体も注目する。プロデューサーの田村寛人氏とコンセプター/ゲームデザイナーの麻野一哉氏に復活の舞台裏と展望を聞いた。

(左)麻野 一哉氏
テクテクライフ取締役、ゲームデザイナー
チュンソフトで『ドラゴンクエストⅣ』のプログラマー、『ドラゴンクエストⅤ』のプランナー、『トルネコの⼤冒険』で企画を担当。『弟切草』(原案、脚本)、『かまいたちの夜』(監督)、『街』(総監督)など、サウンドノベルシリーズを企画。前作「テクテクテクテク」では企画、コンセプト、ゲームデザインを担当
(右)田村 寛人氏
テクテクライフ代表取締役、プロデューサー
ナムコ、ジャストシステム、チュンソフト、AQインタラクティブ、レベルファイブでプロデュース、宣伝などを担当。プロデューサーを務めた代表作が『かまいたちの夜2』。前作「テクテクテクテク」では企画、プロデュースを担当

 一度サービスが終了したゲームアプリが復活する――。そんな前代未聞の離れ業をやってのけたのが、スマホ向け位置情報ゲームの「テクテクライフ」だ。つい先日、10月1日に配信がスタート。リアル世界を歩いて“地図を塗っていくだけ”のゲームだが、既にSNSでは大きな話題に。さらに、人気アニメ『エヴァンゲリオン』とコラボし、神奈川・箱根を回遊して楽しめるイベントを実施するなど、企業や自治体も活用に向けて動き出している。なぜ「テクテク」は愛されるのか、そして位置ゲームの未来とは。

――「テクテクライフ」の前身である位置ゲームアプリ「テクテクテクテク」は、終了に際して多くのファンから惜しむ声が聞かれました。熱狂的なファンを生んだゲームの特徴は?

田村寛人氏(以下、田村氏) 歩き回ってモンスターを倒していくRPG的な遊び方と、マップを塗り潰していく楽しみ方を備えたゲームでした。特徴的なのは、地図を塗り潰していく機能。アプリには日本の全国地図が収録されており、「街区」と呼ばれる道路に囲まれた土地を画面上でタップすると色が変わり“塗る”ことができます。「現地ぬり」といって、今自分がいる場所の周辺の街区を塗ることもできますし、「となりぬり」といって、家にいながら、既に塗った場所に隣接する街区をタップして塗り進めていくこともできます。さらに、「予約ぬり」という機能もあり、車や新幹線などで移動した際、通った場所にある街区を、後でタップして塗ることもできます。こうして、最終的には全て塗って「全国制覇」を目指すゲームでした。

現実世界をベースとしたマップを塗り潰して遊ぶ機能は、前作テクテクテクテクからテクテクライフへ踏襲
現実世界をベースとしたマップを塗り潰して遊ぶ機能は、前作テクテクテクテクからテクテクライフへ踏襲

――塗り潰すというのは位置ゲームとしては新しい楽しみ方で、この機能にハマッたファンも多いようですね。どのような発想から開発されたのでしょうか?

麻野一哉氏(以下、麻野氏) 発端は、2014年、当時一部で流行していた位置ゲームアプリ「Ingress」のイベントで、僕が田村君と会った頃に遡ります。田村君とは「かまいたちの夜2 監獄島のわらべ唄」(チュンソフト)というゲームで、彼がプロデューサー、僕が総合監修を担当した間柄。イベントで偶然再会して話す中で、彼が位置ゲームを一緒に組んでつくらないかと持ち掛けてきたんです。どんなゲームなのかと聞くと、Ingressのようにマニアックではなく、もっと一般化したものをつくりたいと。僕はドラゴンクエストの開発に携わったこともあるので、ボソッと「歩くドラクエかな」とつぶやくと、「それはいい」と田村君が同調したのが始まりです。

 RPG要素に加え、地図を塗っていく機能を付けようというアイデアも盛り込まれました。経緯は単純です。僕は街歩きをして通ったエリアを地図帳にマーカーで塗っていくのが趣味で、その要素をゲームに実装できないかと思い立ち、田村君に相談しました。最初、田村君はあまり乗り気ではなかったのですが、僕はサブ的な位置付けでもいいから何としても加えたかった。説得を重ねると田村君も了承し、いわば“おまけ”として入ったのです。

麻野氏は、歩いた場所をリアルな地図上で塗り潰していくのが趣味。その楽しさをゲームに実装している
麻野氏は、歩いた場所をリアルな地図上で塗り潰していくのが趣味。その楽しさをゲームに実装している

――新しいゲームの形は見えてきましたが、実際につくるとなると資金面も含めて苦労されたのでは?

田村氏 開発資金を集めるために、さまざまな事業会社、携帯キャリア、アニメ会社、レコード会社、広告代理店、地図会社 、ポイントカード関連会社などを回りました。当時、スマホの位置ゲームアプリはほとんどない時代だったので、総じて面白いと評価してくれましたね。KADOKAWAグループのドワンゴも、出資企業として名前が挙がりました。けれど、どこも少額の出資にとどまり、まとまった資金にはならず行き詰まっていました。

――そんなとき、ゲーム業界を揺るがす大事件が起きた。

田村氏 そうです、16年夏に「ポケモンGO」が登場し、一大ブームを巻き起こしたのです。位置ゲームアプリに可能性を感じたドワンゴの川上量生会長(当時)からは、最初は「一部」と言っていた資金を「全部出すからすぐに来てくれ」と言われ、私や麻野は急きょドワンゴグループの子会社の役員になり、開発が本格的に進められることになりました。