「仮想通貨奉納祭」や「都市のナマハゲ」などテクノロジーと伝統文化を融合させた作品で知られる、メディアアーティストの市原えつこ氏。ヤフーでデザイナーとしてのキャリアを積み、アーティストへ転身。社会が急速に進化して先行きが不透明になるなか、未来を見通す直感力が注目され、企業から商品開発やブランディングなどの依頼も増えている。
メディアアーティスト、妄想インベンター
市原さんの作品は、日本の伝統文化とテクノロジーを融合させる点に特徴があります。2017年に発表した作品「都市のナマハゲ」は、秋田県の民間行事「なまなげ」をモチーフにし、ソーシャルメディアや街に張り巡らされた監視網から得た情報により「悪い子」を見つけ、センシング技術と仮想(VR)、技術を駆使してしつけを施すというものです。19年11月に東京・中野の川島商店街で開催した「仮想通貨奉納祭」は、会場の外からビットコインを送金できるシステムを構築。着金するとみこしが音と光を発するという仕掛けで、祭と仮想通貨を結びつけました。このように伝統文化とテクノロジーを組み合わせるのはなぜでしょうか。
「都市のナマハゲ」は、土着の信仰を現代風にアレンジした映像作品でした。この作品を通して、日本の民俗や古来の文化をリサーチし、強い興味を抱くようになりました。そして、多くの人が参加して盛り上がる祭を現代風に解釈してみたくなったのです。
祭は、みこしや山車、踊りや音楽などのクリエーティブを中心に、多くの人の熱量やコミットメントを集めて作られるものです。そして、奉納は、神仏や精霊などに対して供物をささげる宗教的な行為です。そこで現代の経済活動を象徴する存在でもある仮想通貨を奉納し、集まった仮想通貨を「土地の豊穣(ほうじょう)」のために再分配するというコンセプトの祭を企画し、実際に開催しました。
仮想通貨により、世界中から送金できるシステムを導入すれば、祭の場にいなくても、インターネットを通して映像を見た世界中の人がリアルタイムに参加できて、一緒に楽しめると考えました。
そう考えたものの、伝統的な祭には神事としての側面があり、そこに仮想通貨という現代の産物を持ち込んでよいものかどうかで悩みました。そこで、作品を作る過程で土地の信仰や民俗学、仮想通貨などの識者に意見を聞きました。その中で、「やってもいいんだ」と確信を持てたのは、日本テレビの番組プロデューサーで修験者としても活動する宮下仁志さんからの「神様ってそんなしゃくし定規じゃないのでは」という言葉でした。
日本の神話に登場する神様は面白いことが好きなのです。多くの人の目に触れる場所で楽しいことをすれば、神様も喜んでくれるのではないかと宮下さんはおっしゃっていました。それなら新しい形の奉納もありえると思い、現在の作品になりました。
ヤフーのデザイナーからアーティストへ転身
市原さんは企業とも積極的に協業していますね。大学を卒業後はヤフーのUI/UXデザイナーだったそうですが、その経験は今の活動に生きていますか。
今は、デザイナーとして純粋に仕事をすることはほとんどありませんが、デザイナーの手法は一部応用しています。
デザイナーとしてはユーザーリサーチを重ね、その意向やニーズからサービスを開発していました。そうした意味では、自己の内発的な動機から制作するアート作品とは同じものづくりでもアプローチが全然違います。会社員時代に、自分にはデザイナーとしての伸び代はあまりないと痛感しました。むしろ、プライベートな時間でのアーティスト活動に対する世の中の反響が大きかったので、会社を辞める決心をしました。
企業からの依頼は、共同研究や新規事業の実現に向けたプロジェクトチームの一員としてゆるやかに協業するものや、未来のブランド戦略について意見を求められる経営戦略に近い分野の仕事などがあります。経営企画部門に関わる仕事では、作品を作らない場合もあります。
例えば、管理職の発想を支援する仕事として、大企業のクリエーティブ部門や経営企画部門を対象に、アーティストの立場から常識を飛び越えた発想を喚起するためのアイデアワークショップを実施したことがあります。また、規模の比較的小さなプロジェクトで、アイデアのブレストからプロトタイピングまで通してサポートしました。いずれにしても、経営コンサルタントにはない、直感的かつ野性的な発想を求められているのだと思います。
社会の変化があまりにも速いので、企業も従来の方法では、未来のビジョンを描けないのかもしれません。企業として、これからどの方向に進んでいけばいいのか、どんな未来を想定して事業を展開すべきなのか、考え始めた段階なのでしょう。そこでアーティストの未来に対する直感力に期待するのだと思います。
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