※日経デザイン 2020年1月号の記事を再構成

ビジネスにおいて今まで以上にデザインが重視され、急激にデジタル化が進む時代になると、企業には何が問われるのか、どんな人材が求 められるのか。デザイン思考やデザイン経営に関する著作を持つTakramの田川欣哉氏とBIOTOPEの佐宗邦威氏が語り合った。

※2019年9月2日に東京・渋谷の青山ブックセンター本店で開催された対談を基に再構成しました(取材協力:大和書房)

田川 欣哉(たがわ きんや)氏 (左)
Takram 代表/デザインエンジニア
プロダクトやサービス、ブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトにトヨタ自動車「e-Palette Concept」のプレゼンテーション設計、日本政府の地域経済分析システム「RESAS」のプロトタイピングなどがある。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成に関わった。著書に『イノベーション・スキルセット世界が求めるBTC型人材とその手引き』(大和書房)がある。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー

佐宗 邦威(さそう くにたけ)氏 (右)
BIOTOPE CEO/チーフ・ストラテジック・デザイナー
米イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了。P&Gのブランドマネージャーなどを務め、ソニーの新規事業創出プログラム(SonySeed Acceleration Program)の立ち上げにも携わった後に独立。消費財のブランドデザインやハイテクのコンセプトデザイン、サービスデザインなどのプロジェクトを手掛ける。著書に『ひとりの妄想で未来は変わる』(日経BP)、『直感と論理をつなぐ思考法』(ダイヤモンド社)などがある。大学院大学至善館准教授

田川 僕は先般、書籍『イノベーション・スキルセット世界が求めるBTC型人材とその手引き』(大和書房)を出版しました。サブタイトルにあるようにビジネスとテクノロジー、クリエイティビティーを「BTC」と呼び、これからの商品・サービス・事業を作るときに、どんな人材が必要なのかを自分なりに考察した内容です。今回は『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)などの著作でも知られるBIOTOPEの佐宗邦威さんと対談する機会を頂き、デザインとビジネスの関係や、それに伴う今後の人材育成について深めていきたいと思います。実は初めて佐宗さんにお会いします。本日はよろしくお願い致します。

佐宗 田川さんの書籍の出版イベントにお声をかけていただき、大変うれしく思います。デザイン思考やデザイン経営など、最近はデザインやクリエイティビティーの重要性が叫ばれるようになりました。しかし海外と比較すると、デザイン経営と、その実装に必要とされる人材は、日本ではまだまだ足りないと感じています。企業の文化を創造的に変えようとしても、社内の創造を実践したり、創造を通じた変化を媒介する人材不足がボトルネックになっているのではないでしょうか。今日、田川さんと初めてお会いしますが、まさに田川さんも人材や文化の面に変化を仕掛けようとされているのではと思いました。

田川 デジタルがいよいよ全領域に浸透するなかで、既存の枠組みが機能不全に陥っています。そのような状況で、領域を踏み越える人たちが、新しいフィールドを切り開いています。それをシンプルに表現したのがBTCでした。ビジネスとテクノロジーの「B」と「T」の関係について論じた書籍はたくさんありますが、そこにデザインや広告、コミュニケーションまで含めたクリエイティビティーの「C」をつなげています。ビジネスやテクノロジー系の人がデザインのスキルを身に付けられるのか、デザイン導入の本質は何かなどについて書きました。ビジネスやテクノロジー系の人にも読んでほしい内容です。

企業も個人もビジョンが重要に

佐宗 私の書籍には「VISION DRIVEN(ビジョンドリブン)」というサブタイトルを付けました。田川さんの書籍と同様に、ビジネスとデザインをどうつなげるかがテーマですが、そこに私は個人の生き方まで含めて考えています。それらに共通する部分が、ビジョンの存在と言えるでしょう。

 今までにないものを具体化しようとする推進力は、最終的には企業や個人が持つビジョンに行き当たると思うからです。理想の社会や企業、理想の商品やサービスを定義し、そこと現状のギャップを知ることがポイントです。

 現状から積み上げて、ロジカルに企業戦略を立案する方法もありますが、戦略デザインファームである当社の立場から言えば、まずは理想の状態をビジョンとして定義し、それを形にしていくという起業家や社内変革者がもっと増えてほしい、という思いがあります。

 このためにはビジョンの解像度をいかに上げていくかが重要になり、それが企業にとっての新たな価値になると考えています。ビジョンをつくること自体がクリエイティブな活動と言えるかもしれません。ロジカルな方法論だけに頼るのではなく、クリエイティブな思考法も不可欠になる。だから当社にも、新しいブランドをつくるとか、新しいビジネスモデルをつくるにはどうすればいいか、といった依頼が増えてきています。

田川 スタートアップを見ると、他社にないようなビジョンを打ち出している方がたくさんいます。例えば世界中からゴミをゼロにしたいとか、データサイエンスを駆使して社会の無駄や無理を撲滅したい、さらには新しい貨幣システムを提案している企業もあります。そうしたビジョンを、ビジネス・テクノロジー・デザインの総合格闘技で落とし込んでいこうとするわけです。

 「デザイン思考」はデジタルサービスの構築や課題解決については大変よくできたフレームワークですが、ビジョンについては違ったアプローチが必要です。このビジョンをいかに可視化して具体性を帯びさせるか、そこにもデザインの使い所があります。ですので、ビジョナリーを自負する人は、タッグを組める優秀なデザイナーを探したほうがいい(笑)。佐宗さんは、なぜビジョンという考え方に行き着いたのでしょうか。

佐宗 過去の経験から前例のないプロジェクトが形になっていくときには、経営トップであれ、現場のリーダーであれ、自分のやりたいことを熱く語る人が必ずいるんです。経営トップが自分の思いをビジョンとして語ることは当たり前だと思われがちですが、意外に当たり前ではないんです。

 デザイナーなら自分が何をやりたいのかなど主観で考えて動くのは当たり前ですよね。自分の好き嫌いや、なぜこれをしたいのかを常に考えている。しかし大企業の経営トップとなると、何が最良の選択なのか、何が売り上げや利益につながるのかを考えています。主観で考えようとしても、自分の考え方を自然にブロックしてしまう。ビジネスの世界とクリエイティブの世界があるならば、その壁をいかに崩すか。それがビジョンになるのではと考えました。

 デザイン思考が課題を解決するための行為ならば、それだけではイノベーションは起こりにくい。自分のビジョンをさまざまな人と共有し、組み替えて表現を変えながら、いかに独創的にしていくかが重要です。日本人は自分のビジョンを打ち出す経験が少ないかもしれません。例えば、本来は自分の未来を決める就職活動にしても、相手の企業に応じて自分で“マーケティング”してしまい、企業に合わせてしまう。それで自分が望まない仕事に従事している人もいるでしょう。自分のビジョンが受け入れられ、成功体験を得られると、ものすごい自己肯定感が出てくる。自分自身への自信につながる。こういうことを育んでいければ、日本は変わっていくでしょう。

若手が魅力を感じる企業に

田川 僕の知り合いに、大企業のエンジニアだったけれど、スタートアップとして独立した方がいます。彼はデザインも好きでセンスもあった。デザインとエンジニアリングの越境が自然とできていた方です。その方が、自分が開発したい商品を手掛けたいと、大企業から飛び出した。独立してからは、マーケティングや戦略立案、そして営業も自分で学ぶようになったそうです。大企業の中にとどまらず、ビジョンを持った若い人はどんどん、外に出ていく可能性があります。

佐宗 今の時代、特に20代の若いエンジニアやデザイナーの中には、自分で絵を描いたり開発できる人が多いようです。まさしくデザインとエンジニアが融合した発想の人でしょう。しかし大企業の中では表現の場が与えられず、腐ってしまう例もある。そういう世代は横断型で新しいものを形にしていく創造力は強い。そんな20代が大企業にはたくさんいるはずです。そうした人たちに向けて、やる気を解放したり、引き上げたりする道を作ることが求められます。

 私は以前、ソニーに在籍して社長直轄で新規事業を生み出す仕掛けづくりを担当しました。新しいことに挑戦したいと潜在的に思っている人は組織内にたくさんいました。そういう中でデザイン思考やイノベーションの方法論を実践するには、どうするべきかを考えました。そこで新規事業を支援する場やプログラムを立案したのです。イノベーターは自分自身の考えや行為を周囲から理解されない場合が多い。そうしたイノベーターを企業がいかに支援していくかが問われています。人材の登用に策がない企業は、やる気のある若手の流出を招くかもしれません。

 デジタル時代が進展するなか、海外の大手企業は数年かけて組織を見直しています。特に今後は、ユーザーの中心がミレニアル世代になるでしょう。そうした層に向けて何を打ち出せるのか。新しい時代に応じて日本企業もシフトしないといけません。

田川 新規事業のアイデアを生み出せるクリエイティブな人材をいかに育てるか、さらにアイデアをどうビジネスに仕立てていくか。構造と順序をよく考えていかないと先に進みません。日本の大企業が抱えるカルチャーを前提とした上で、そこに変化を生み出す仕掛けや人材を考える必要があると思います。

佐宗 ものを作ることに価値がある時代と、情報・知識やアイデアをつくることに価値があるデジタル時代は組織のモデルが大きく異なります。これまでのデザインはものの価値を高めてきましたが、情報・知識やアイデアは物理的な場所に依存せず、世界中に広がります。市場はどこにあるのか、誰がユーザーなのかも明確ではありません。だからこそ、自分たちが考えていること、自分たちが何をしたいのかを不動点として発信していくことで自分たち自身を定義し共感を広げていくコアの経営活動になります。

田川 ものの良しあしに加え、誰のために何を作るのかといったビジョンにユーザーの注目が集まるようになる時代になりつつあります。当然、企業自体の魅力の強弱もそこに出てきます。ビジョンをしっかり示す企業は、採用の面でも優秀な人材を引き付けるかもしれませんね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

(写真/丸毛 透)