死んだはずの姉の声が聞こえる少女と周囲の人を取り巻く青春小説『ふたり』は1989年に刊行され、160万部の大ヒットとなった。その続編『いもうと』が2019年10月に発売。著者の赤川次郎氏は数多くのシリーズを持ち、最盛期は年24冊、現在も年間10冊を刊行する。アイデアの源を探った。
大ヒット作の30年ぶりの続編を刊行
新刊『いもうと』は1989年に出版して大ヒットし、、映画化やドラマ化もされた『ふたり』の続編です。30年たって続編を書かれた理由を教えてください。
赤川次郎氏(以下、赤川氏) 担当編集者から、刊行30年という節目に「ヒロインのその後を書いてみませんか」という提案があったんです。これまでシリーズものをたくさん手がけていますが、『ふたり』に関しては私が続編を書かないと決めていると編集者は思い込んでいたそう。でも、特に決めていたわけではなかったんですよ。
「本にするならすぐ始めないと間に合わない」と思い、早速連載に取りかかりました。
刊行から30年たっていますが、続編の設定は11年後です。主人公の北尾実加は16歳から27歳の働く女性に。この年齢にしたのはなぜでしょうか?
赤川氏 私自身、実加と同じように高校を卒業して就職し、会社勤めをするかたわら28歳で新人賞をとってデビューしました。27~28歳は、会社の中でも存在感を表してくると同時に自分の生活を省みる余裕が出てくる年ごろだと思います。私生活では恋愛もするけれど、結婚や出産はこれからという人も多いでしょう。主人公が幸せになるかどうかという結末より、主人公がどんなことを大事にして生きていくのかということや周囲との関わりを描きたかったんです。
内容や結末は最初からカチッと決めてはいませんでした。でも、人の性格って変わらないと思うんです。いろいろ事件は起きるけれど、それにどう対応するかというスタンスは変化しないはず。主人公はアパートで暮らしていてお風呂の水をためる時間や夜中に足音を立てることを気にします。アパートに住んでいたらそういうことに気を使わなければいけないというのは、30年前も今も変わらないでしょう。
いつもキャラクターができていれば物語が自然にできてくる……と言いたいところですが、実際の連載では書いた伏線が回収できないこともあります(笑)。途中で魅力的なキャラができたら、そちらを膨らませたくなったり。読者は連載中の細かいことは覚えていないだろうから、単行本にするときに直しています。
全く書かない日は「年に2、3日あるかどうか」
現在も10本前後連載するなど、精力的にご執筆されています。どんなスタイルで書いているのでしょうか。
赤川氏 書くのはいつも夜中なんです。30歳で会社員を辞めたとき、一番うれしかったのは寝坊ができること(笑)。だいたい15時くらいに起きて、芝居を見たり映画を見たりして過ごします。深夜0時頃から明け方まで書いて、朝9時に寝ます。
仕事量が多いので休めないというのもありますが、全く書かない日は年に2、3日あるかどうか。今も原稿用紙に細字のサインペンで手書きしているので、海外旅行に行く際も執筆道具を持って行って書きます。大みそかから元日に変わる瞬間は「これからも仕事が続けられるように」というげん担ぎもあって、必ずペンを握っているようにしています。書くことが好きだし、楽しいんです。つらかったらこんなには続かない。
これでもだいぶ連載は落ち着きましたが、一番忙しい時は日刊紙2本、週刊誌3本、月刊誌15本の連載がありました。新聞も1日分ずつ渡していたら編集者が大変だから、2~3日分まとめて書いていました。会社勤めの経験から、編集者に迷惑をかけたらいけないという思いが常にあります。
単行本にするときに加筆修正はしても、連載が予定より長くなるというようなことはありません。「1年の連載ならこれくらい」というサイズ感は見えるんです。40年やっていますからね。
赤川さんの小説には10代の女性が主人公の作品が多い印象です。どうやってキャラクターをつくりこんでいくのでしょうか。
赤川氏 私の作品はミステリーが基本なので、事件に飛び込んでいくバイタリティーがある人物と考えるとやはり若い女の子を主人公にしたほうが物語を進めやすくなります。キャラクターの性格や家族構成などの設定はほとんど想像。女の子に取材しようと思っても、声なんてかけられないですよ。専業作家になった30歳のころ、日中に公園でぼんやり座っていたら不審者扱いされたこともあります(笑)。
最近の作家、特に警察小説を書く人はとてもよく取材していますよね。私は『三毛猫ホームズ』シリーズなど刑事を主人公にした小説も多く書いていますが、警視庁に捜査一課以外どんな課があるのかも知らないくらい。小説って結局作り話なんですよ。リアルすぎると細部にばかり目がいってしまって本筋が追えない。小説の中の刑事は「こうであってほしい」という私の理想を込めて描いています。
アイデアは10個インプットしたら1個使える程度
これまでに出した書籍は620冊。アイデアを生み出す秘訣のようなものはありますか?
赤川氏 アイデアは10個インプットしたら1個使えるくらいだと思っています。映画、演劇、コンサート、美術展などによく行きますが、ネタを探すつもりで行っているわけではない。単に好きだから行っているだけです。絵を描かない人も、美術館に行けばそれが自分の栄養になると思います。これをやったからこういう結果が得られるなど、コストパフォーマンスだけを考えるのはつまらないです。
なかでも読書は大切な栄養の一つです。特に小説は登場人物の思いを想像することで人を成長させる力がある。最近は小説を読まない人も増えていると聞きますが、それでは想像力や思いやりの心が育たないのではないかと心配しています。それも、読者が手に取りたくなるような作品を出せない作家の責任なのかもしれませんが……。
忙しくて時間がないなかで、どんな本を手にとったらいいか迷ってしまう人も多いと思います。
赤川氏 確かにあたりはずれはあると思います。でもそれでいいんです。書評や書籍の紹介サイトなどで薦められた本を手に取るのもいいけれど、選んだ人の感覚が自分と一致しているとは限らない。自分の直感で選ぶのがいいのではないでしょうか。
赤川さんご自身はどんな本がお好きなんでしょうか。
赤川氏 中学、高校時代はヘルマン・ヘッセやトーマス・マンなどのドイツ文学に大きな影響を受けました。トーマス・マンの『魔の山』は上下巻で1500ページほどある長編小説ですが、食事の時間以外は夢中で、2日間で一気読みした記憶があります。
今は時間がなくて長い小説を読む時間がなかなか取れません。まだまだ予定はしていませんが、いつか引退したら長編小説をゆっくり読みたいです。
(写真/酒井康治)