ZOZO執行役員コミュニケーションデザイン室長の田端信太郎氏は2019年12月13日、年内にZOZOを退職することを自身のSNSアカウントで明かした。身近で働いて感じた前澤友作氏の経営哲学、ZOZOに感じた可能性、「ZOZOSUIT」失敗の背景、退職する理由などについて、日経クロストレンドの独占インタビューで赤裸々に語った。

田端 信太郎(たばた しんたろう)氏
1999年に新卒でNTTデータに入社。2001年にリクルートに転職し、フリーマガジン『R25』を立ち上げる。05年にライブドア執行役員メディア事業部長に就任。経営再生をリードする傍ら、複数の新規メディアを立ち上げる。その後、18年2月までLINEで上級執行役員を務め、同年3月からスタートトゥデイ(現ZOZO)のコミュニケーションデザイン室長に就任。19年5月より現職。12月末で退職

 いつごろから退職を考え始めたのでしょうか。

 もともと45歳を迎える2020年を節目とは考えていましたが、遅かれ早かれという思いは19年の半ばぐらいからはありました。実は僕と前澤さんは同い年で、誕生日も1カ月しか違わない。(ZホールディングスによるZOZOの)買収の話を聞いたときに、ビジネスマンとしても、1人の人間としても折り返しに差し掛かったと考えて退職を決めました。

 ZホールディングスによるZOZOの買収、前澤さんの退任が最後の引き金になった。

 個人の立場で言えば、前澤さんから誘ってもらって入社したので、やはり前澤さんがいなくなるということはそういうことだという考えはありました。(退任を発表した)9月の半ばまでは、前澤さんを良い形で送り出すことが広報担当役員である私の責務でしたが、それが終わった翌日には会社に退職を申し出ることにしました。執行役員というポジションにいると、退職までは一定期間の猶予が求められますが、ちょうど年内で退職するにはいいタイミングでした。

 田端さんが転職を決める判断の基準はどこにあるのでしょうか。

 今回のZOZOがすべてではありませんが、会社に入るのは株を買うのと似ています。トヨタのような誰もが認める一流会社は株価も高いが、高値のままだとリターンは少ない。自分が株に付加価値を付けられるかが重要で、これから成長する期待ができる、あるいは立て直せる会社に入ったほうが付加価値を付けられる可能性があります。

田端信太郎氏は2019年12月13日、自身のSNSアカウントでZOZO退職を明らかにした
田端信太郎氏は2019年12月13日、自身のSNSアカウントでZOZO退職を明らかにした

 僕は株を買うときに、その理由を紙に書いて自宅に張ります。分かりやすく言えば、これから日本は高齢化社会になり、人口が減る。人手不足で交換の手間のかからないおむつが売れるはず。だからユニ・チャームの株を買うとか、そういったことを箇条書きにして張る。そして、それは今も変わっていないかと問いかけながら売買の判断をしています。

 これと同じことです。実際、何のためにZOZOに入るかという仮説を紙に書きました。僕はそうした仮説をいつも紙に書き、その仮説は今も変わっていないかどうかを見返すべきだと考えています。そう考えれば、ZOZOが「ZOZOSUIT」やPB(プライベートブランド)に力を入れるタイミングで入社したものの、(収益悪化を受けて)19年の春ぐらいからフェーズが変わりました。入社時にやりたかったことがゼロベースになったため、進退を考えたというわけです。

 そもそも、なぜLINEを辞めて、ZOZOに入社しようと考えたのでしょうか。経緯も含めて教えてください。

 広告販売というセルサイドのビジネスを15年ぐらいやってきて、広告だけしかやってこなかったことに限界を感じていました。そんなときに前澤さんに声をかけていただきました。これまでなかった発注者サイドでの経験を得られると同時に、前澤さんとZOZOのブランドの関係を考えられるのが面白そうだと考えました。

 当時、前澤さんとは(LINE社長の)出澤(剛)さんを引き合わせて1、2度食事をした程度の関係でしかなかった。しかもLINE在籍時、ZOZOは広告主。それも上位5%に入るぐらいの太い顧客。その担当窓口だったマーケティング本部長(当時)の清水(俊明)さんから、ある日Facebook経由で「前澤さんが食事をしたいと言っている」と言われたことが転職のきっかけでした。その清水さんが会食には同席されないと言うので、ひょっとして、という思いはありました。

 それでも驚きましたよ。通常、この手の転職の話はヘッドハンティング会社から連絡がきて、根回しをするのが普通。まず、初っぱなから社長本人が出てくるのは珍しい。断ろうと思えば断れるし、その後に、「前澤さんに口説かれたけど断った」という“武勇伝”にもできたわけです。前澤さんはそういうことを気にしない、かっこつけないかっこよさみたいなところがあると感じました。その会食のとき、単刀直入に一緒にやろうと誘われました。

 入社の決め手となったのはZOZOSUITですか。

 前澤さんとは1週間に1回、3週連続でお会いしましたが、そのときにはZOZOSUITの無料配布や、宇宙旅行の計画を聞いたり、発表前のZOZOSUITを見せてもらったりしました。それまでの主要事業だったECモール「ZOZOTOWN」はブランドが主役のビジネスでしたが、PBをやることで、その当事者になろうとしていました。目先の損得ではない大義やビジョンを持ったブランドであることをアピールしたい。そうでなければ本物のブランドになれない。そんな思いを持っていました。世界進出も含めて本気だと感じましたし、ZOZOSUITを見せてもらったときに世界に打って出られる可能性を感じました。

 自分の役割について、前澤さんにも直接言語化しようと試みましたが、最後まで本心は分かりませんでした。ですが、振り返れば、前澤さんという個人をメディアにして、ZOZOSUITやZOZOを伝えていく役割を求められていたと思います。アップルと言えば、(スティーブ・)ジョブズを想起するように、ZOZOと言えば前澤さんというイメージです。個人をメディアにして、ZOZOSUITやZOZOを伝えていく役割を求められていたと思います。

前澤さんのフォロワー5倍がKPI

 入社時に、僕のKPI(重要業績評価指標)を教えてくださいと言いましたが、前澤さんもうまく言えない。最後に出てきた数字が、当時20万人程度だった前澤さんのTwitterのフォロワーを、まず100万人、500万人と増やすことでした。5倍は厳しいと思いましたが、そのKPIについてはある程度は達成できたと思います(前澤氏のTwitterアカウントのフォロワー数は現在383万人超)。

 Twitterの使い方についてアドバイスをしましたし、個別にツイート前に企画を伝えられて代筆をすることもありました。そういうことは意外と相談がきます。だからといって、それを全部そのままツイートをするわけではなくて、前澤さんが自分なりに言い換えることもありました。

 ネットでは一部「何から何まで二人羽織のように田端が前澤を操っている」というような声がありますが、そんな簡単な人じゃないですよ。それなら、もっと簡単だったと思います。人前に出たときの場の空気をつかむ能力はミュージシャンだった経験からか、ずば抜けています。ある程度の筋書きに沿いながら無視するのは前澤さんの勘。従う部分と無視する部分が絶妙で、それを横で見ながらうまい、面白いと思っていました。

 Twitterのフォロワー数では目標を達成しましたが、ZOZOSUITとPBは結果的にはうまくはいきませんでした。

 正直に言えば(ZOZOでの)2年の会社への貢献という点では、ダメだと思います。ネットでは田端のせいで株価が下がったとか、田端が辞めるから株価が上がるといったことも言われてますが、その評価は真摯に受け止めるべきだと思っています。

 ある意味、いい経験でした。前澤さんは株主総会で僕のネットでの炎上について、経営会議や取締役会でも事情聴取のうえ、議論していて、ガイドラインを作りそれにのっとって判断している。本人も頭を丸めて反省していると株主総会で説明していましたが、それを隣で聞いていて苦笑いするしかありませんでした。そんなユーモアが前澤さんらしいと思います。

 ZOZOSUITはなぜうまくいかなかったのでしょうか。

 良くも悪くも、急ぎ過ぎたのかなと思います。ネットサービスのように小さく試して、PDCA(計画、実行、評価、改善)サイクルを回して、ちょっとずつ大きくすれば良かったのかもしません。

GAFAに対する「焦り」が失敗の理由

 ですが、生産、計測、ECでの販売を垂直立ち上げして走り抜けないとGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)にまねされてしまう、天下を取れない、という前澤さんの危機意識というか、必然性がありました。事後的には「焦り」と言われても仕方ありませんが、これをやりきらないと世界に打って出る可能性が閉じてしまう。そんな危機感は正当だったとも思います。

 一般論としてはZOZOSUITのようにデータを取って、パーソナライズするというストーリーはまだ十分可能性があると思います。ネットバブルのころ、ネットスーパーがうまくいかず、ネットで野菜や肉は売れないとバカにされた。ですが、今では当たり前のように販売されています。同じように時代が変われば、成功する余地が残されていると感じます。

 子会社のZOZOテクノロジーズで広告ビジネスに携わっていく、あるいは買収後にヤフー、またはLINEの広告ビジネスをやろうとは考えなかったのでしょうか

  ZOZOテクノロジーズの広告ビジネスは、僕からすれば、それがやりたくて入ったわけではありません。それをやるならLINEにとどまっていたほうが良い。

 (オンラインサロンの)「田端大学」で、(動画SNSの)「TikTok」の相談を受けた時には、まるで5~6年前のLINEのように感じました。急速に利用者が拡大しているものの、広告ビジネスが整っていない。中国法人と日本法人の関係は、かつてのLINEの親会社のネイバーとLINEの関係のようにも見えました。そういった知見も私は持っていますが、そこに携わるのは再放送のドラマのようなもので、自分にとっては今更やっても仕方のないことのように思います。広告ビジネスの営業に戻りたいという気持ちはありません。

 それにメディアのバイイング予算がなくても、それで話題を作って、ユーザーを獲得することもできます。ZOZOSUITはすべて広告費として計上していましたから。メディアの予算の最適化でどうこうとかいう時代ではありません。Zホールディングスの子会社になり、ヤフーやLINEと融合して、(ZOZOの)ROI(投下資本利益率)を改善するという仕事はあるかもしれませんが、僕よりもっとできる人はいるんじゃないかと思っています。

 LINE、ZOZOと大手ネット企業を経て、ネット業界、ネット広告業界の変遷をどう見ますか。

 成熟したことは間違いありません。学生がその辺のネット企業に入社するといっても、親から反対されることもなくなっているでしょう。ネットはインフラになったからそれは必然です。もはや深夜放送ではなく、新聞やテレビになったようなもの。そこから先、インフラであるプラットフォームを利用して、一個人が活躍できるサービスはまだ2合目ぐらいなのではないかと思っています。

 こんまりさん(片付けコンサルタントの近藤麻理恵さん)みたいな人は、中途半端な会社よりも世界的にプレゼンスがあります。スマホやパソコンは個人をエンパワーメントするものなので、ネットというインフラのステージが進んだものと捉えています。

 D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)と呼ばれる新しいモノづくりが、インスタグラマーと結びついているのは第1段階。ネット的なものの本質は、エンド・トゥ・エンドが握手できること。GAFAの存在が大きくなるほど、エンド・トゥ・エンドのユーザーのつながりが強くなることがポストソーシャルメディアの本質だと思います。

(写真/山田 愼二)