テレビCMの効果に疑問を持ち、企業のメッセージを「ブランデッドムービー」という短編映画で届ける手法に活路を見出したネスレ日本。前回に引き続きブランデッドムービーのマーケティング活用に加え、映画業界と企業との結びつきについてネスレ日本の高岡浩三社長と俳優・別所哲也氏が語る。

ネスレ日本の高岡浩三社長とショートショートフィルムフェスティバル&アジア代表の別所哲也氏
ネスレ日本の高岡浩三社長とショートショートフィルムフェスティバル&アジア代表の別所哲也氏
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今や「ブランドマーケティング」も時代遅れ

映画業界にとっての「ブランデッドムービー(企業や団体がブランディングを目的に制作した短編映画)」の意義を教えてください(関連記事「ネスレ高岡社長×別所哲也 ブランドマーケに短編映画のワケ」)。

別所哲也氏(以下、別所氏) 映画もエンターテインメントというビジネス。ビジネスである以上、マーケティングは存在する。例えばプロダクトプレースメント(劇中の小道具として商品を宣伝する)といった手法が生まれた。

 短編映画もブランデッドムービーも、マーケティングにもっと寄り添う必要がある。映画業界にとってマーケティング要素を求める感性はとても大事。ロイヤルティーやエンゲージメントといった考え方をより近づけるため、どう寄り添うかが求められている。

高岡浩三社長(以下、高岡氏) 海外に比べて日本映画がこれほど低予算化した背景には、マーケティングで負けてきたから。邦画は製作委員会方式でスポンサーの存在を隠したがる。スポンサーにリターンがある作品を作ることは当然だ。

これから高速ネットワーク通信の5G時代になり、スマートフォンでも高画質な動画が楽しめるようになります。ショートショートのような短編映画は、スマホでの動画視聴との親和性がより高くなると思われますが。

別所氏 動画コンテンツの変遷として、まず短編映画から始まり、CM、ニュース、長編映画と進化してきてインターネットが登場した。長さに関係なく魅力的なコンテンツであれば必ず興味を持ってもらえる。

高岡氏 (オウンドメディアの)「ネスレアミューズ」はコンセプトムービーのコンテンツありきで、2010年に開設して以来、会員数は600万人を超えた。これほどの人数がわざわざ訪れて登録する企業サイトはほぼない。有名俳優や監督を起用し、コンテンツにこだわった成果だろう。

 (ネスレアミューズの)コンテンツは10分程度の短い動画で、スマホとの親和性は高い。テレビCMに比べて破格の予算という点も魅力だ。視聴率は過去の遺物。テレビCMに莫大な予算を投じる意味はもはや見い出しにくい。広告費も設備投資費用と同じ。わが社では、かけたコストは3年以内に回収しなければならない。50億円かければ、50億円の利益を3年以内に出さなければいけない。

 だからキットカットの場合、「花とアリス」以降は(“きっと勝つ”という)受験キャンペーンにシフトした。このキャンペーンはニュースを作り、それがPRになった。15年前から私は戦略を広告からPR主体に転換している。できるだけ広告に見せないことが大事。

「テレビCMに莫大な予算を投じる意味はもはや見い出しにくい」と話す高岡社長
「テレビCMに莫大な予算を投じる意味はもはや見い出しにくい」と話す高岡社長
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別所氏 まさにそこで生み出されるのが物語。人に訴える力のある情報に変えていく。商品のスペックを伝える広告は、一方通行なマスの時代ならいい。今の世界はインタラクティブ性が重要だ。ひょっとするとユーザーの声のほうが威力があるかもしれない時代です。

高岡氏 ましてeコマースの時代になり、ブランドそのものはあまり重要でなくなりつつある。アマゾンや楽天で商品を買うとき、ブランドで検索しますか。文章やカテゴリーで検索しませんか。20世紀に注目された「ブランドマーケティング」も、やや時代遅れになってきている。

別所氏 新しいブランディングですね。

高岡氏 どこか遠いある一角でしか売られていない商品でも、明日届く時代。20世紀はそれができなかったからできるだけ広告をして、全国に流通させようとした。店頭まで商品を行き渡らせる配荷がすごく大事だった。しかし今の消費者は大手のビールより地ビールが欲しい人も増えている。それはすべてeコマースでカバーできる。

別所氏 そこにある“小さな物語”が意味を持つ時代だと思っている。それが新しいブランディング。

課題は今まで着ていた鎧(よろい)を脱げるか

「インフルエンサーマーケティング」も古いという声が聞かれますが。

高岡氏 古いです。映画の(プロダクト)プレースメントも古い。

今後のマーケティングで大切な事は何ですか?

高岡氏 顧客の問題を見るということ。顧客の問題が変わっていくからこそ、今まで売れた物が売れない。問題解決をしてくれる物が他にあれば、そっちへ流れてしまう。大事なのは、商品を売っているのではなく問題解決を売っているということ。

 映画界も同じで、映画監督が困っている。監督は歩合制だが助監督は出来高制なので、助監督のほうが収入が安定しているといわれている。それなら90~100分間の映画でリスクを取るよりも、CMに代わるブランデッドムービーに参画したほうが確実にもうけられるという話を、何人もの映画監督にした。最初に本広克行監督が賛同してくれた。

別所氏 今まで着ていた鎧をどれだけ脱げるかが課題だ。自分たちの固定概念や、やってきたことへの誇りもあり、鎧はなかなか脱げない。しかし明治時代、“ラストサムライ”になる可能性があるときに刀を置き、ちょんまげを切って、袴(はかま)を脱いで洋服を着た。あの価値観のコペルニクス的転回に、今やエンターテインメントだけでなくすべてのビジネス業態が直面している。

 にもかかわらず日本は、グーグルやアマゾンといった「GAFA」が台頭して若い人に対して盛んに投資してきたこの30年、手つかずできてしまった。もちろん素晴らしい起業家はいる。その人たちが世界のマーケットで戦えるようになるには、鎧を脱がなくてはならない。

高岡氏 ブランデッドムービーに賛同してくれたのは本広監督のほか、後に『きみの膵臓を食べたい』を撮る月川翔監督もいた。月川監督のブランデッドムービーに出演したのは、広瀬すずさん。あのときに共感して乗ってくれた人は、やはりすごい人が多い。

ショートショート フィルムフェスティバル & アジア2019で上映したネスレのブランデッドムービー「上田家の食卓」の平林勇監督。自身の短編映画がカンヌ、ベルリン、ベネチア、ロカルノ、サンダンス映画祭で上映されている
ショートショート フィルムフェスティバル & アジア2019で上映したネスレのブランデッドムービー「上田家の食卓」の平林勇監督。自身の短編映画がカンヌ、ベルリン、ベネチア、ロカルノ、サンダンス映画祭で上映されている
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別所氏 ブランデッドムービーやショートフィルムという僕らが創った装置は、新しい時代を作る人をインキュベートする側面もある。固定概念にとらわれていると難しい。

追随する企業が増えてきたのはウエルカムだ

別所さんが日本で初めてショートショートの映画祭を創設されたきっかけも、海外で同様の映画祭を見て、そこに将来性を見込まれたからでしょうか。

別所氏 最初に見たサンダンス映画祭は、昔ながらのスキームを引きずっている部分もあった。ただ98年のサンダンス映画祭で見た光景は忘れられない。シリコンバレーやカリフォルニア州からやってきた“エンジェル”と呼ばれる投資家たちが、5000ドルの小切手を切って「ショートフィルムの配信権を1年間買わせてくれ。インターネットの音声配信の次は動画配信がやって来る。そのときの主人公は、必ずショートフィルムになる。映画は情報だ」と言い切っていた。

高岡氏 NHKの朝ドラは実質15分もない。それが半年ほど続けば映画になるということ。1本1本毎日見ているのがショートムービー。

5~10分の1本でストーリーを完結しなければならないのがブランデッドムービーですよね。独特の作り方はありますか。

高岡氏 あります。作り方が変わるから芸術性が損なわれるという話ではない。別のアートです。

別所氏 デバイスも表現も変わる。朝ドラは1本1本で抑揚を付けて次を見たいと思わせなければいけない。それを面白がれるかどうかだ。

ショートムービーに対する日本での受け止められ方はどう変化しましたか。

別所氏 ずいぶん変わったと思うが、これからアウトプットやビジネスプラットフォームとして成熟させるためには、まだまだプレーヤーが増えなければいけない。

別所氏はショートムービーを国内で成熟させるためにプレーヤーがまだまだ必要だという
別所氏はショートムービーを国内で成熟させるためにプレーヤーがまだまだ必要だという
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今後の展望を聞かせてください。

別所氏 21年間、祭りをやってきた。人間には祭りが必要だし物語る動物だと思っている。つまりコミュニケーションをとるということ。そこに必要な情報がそろえば、企業側の思いとコンテンツを楽しみたい人が出合う場所が必ず必要になる。その出合いの場を作っている。表現者としても、そこに一生をささげていきたい。

高岡氏 20世紀にやってきたものをデジタル化して、どうやって新たな物を作っていくか。その競争の時代がおそらく21世紀で、コミュニケーション手段の1つとしてショートムービーがあった。それを企業として使っていかなくてはいけないし、コンテンツとしても十分楽しめる素材になっていくのは間違いない。追随する企業が増えてきたのはウエルカムだし、業界全体にとっていいことだ。これからさらに進んでいくだろう。それを一緒にやっていけたらいい。

高岡浩三(たかおか こうぞう)氏
ネスレ日本社長兼CEO

1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を手掛ける。05年、ネスレコンフェクショナリー社長に就任。10年、ネスレ日本副社長飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築。同年11月ネスレ日本社長兼CEOに就任。「ネスカフェ アンバサダー」などの新規ビジネスモデルを通じて高利益率を実現する一方、人事や営業などの管理部門も含め、あらゆる部門に「マーケティング」を採り入れ、“グローバルに通用する成熟先進国ビジネスモデル”の構築に力を注ぐ。
別所哲也(べっしょ てつや)氏
ショートショートフィルムフェスティバル代表/俳優/ラジオパーソナリティ

1990年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台・ラジオなどで幅広く活躍中。「レ・ミゼラブル」、「ミス・サイゴン」などの舞台に出演。99年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル」を主宰し、文化庁長官表彰受賞。観光庁「VISIT JAPAN 大使」、映画倫理委員会委員、外務省「ジャパン・ハウス」有識者諮問会議メンバーに就任。内閣府・世界で活躍し『日本』を発信する日本人の一人に選出。第1回岩谷時子賞奨励賞受賞。第63回横浜文化賞受賞。

(写真/酒井康治)