アジア最大の短編映画の祭典「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」で2016年に設立したブランデッドムービー部門には、各企業がコンセプトムービーを出品する。提唱したネスレ日本の高岡浩三社長と同映画祭代表の別所哲也氏が短編映画によるブランドマーケティングの展望を語る。

ネスレ日本の高岡浩三社長とショートショートフィルムフェスティバル&アジア代表の別所哲也氏
ネスレ日本の高岡浩三社長とショートショートフィルムフェスティバル&アジア代表の別所哲也氏

もはやテレビ広告などでは投資が回収できない

ネスレ日本が今、「ブランデッドムービー(企業や団体がブランディングを目的に制作する短編映画)」を制作する意義は?

高岡浩三社長(以下、高岡氏) ネスレで長くマーケティングをやってきたが、20年以上前から広告を打っても売り上げが伸びなくなった。生活が豊かになって先進国の仲間入りをすると、広告の力は相対的にかなり落ちてくる。作っている側にとっていいことしか言わないし、私は20年前からずっとそう思っている。利害関係のない人が言っていることのほうが信用できる。ソーシャルメディア時代になってよりそうした状況になっている。

 新製品のようにこれから世の中に出る商品は別だが、「ネスカフェ」と「キットカット」に関して言えば、もはやテレビ広告をしてもそれに見合った利益が回収できない。20億円投資すれば20億円以上の利益が取れないと意味がない。それが世界の常識だ。まったく投資に合わない。20億円の利益ということは、100億円以上売り上げが必要。もっと違う形で消費者にメッセージを伝えるにはどうしたらいいのか、考えてきた。

 商品の味や名前、ブランドを覚えてもらうだけでは足りない。キットカットがいい例で、「Have a break, have a KITKAT.」というスローガンがあるが、その体験は15秒や30秒のテレビ広告だけでは伝わらないし、雑誌や新聞広告だけでも伝わらない。もっと長い尺、映画のようなもので伝えられたらいいのにという思いがあって、「花とアリス」を作った。

「花とアリス」は高岡さんのアイデアですか?

高岡氏 そうです。2003年にキットカットの子会社(旧ネスレコンフェクショナリー)でマーケティング本部長をしていたとき、「広告から抜けよう」という思いで始めた。ブロードバンドがやっと出てきたころで、日本で恐らく初めての試みだろう。300万人くらいが見てくれた。キットカットの“ブレイク”というコンセプトをあの映画を通じて岩井俊二監督に送り出してもらってから、キットカットが本物のブランドになっていったという手応えがある。

 その後で“受験キャンペーン(「キットカット」が九州の方言「きっと勝つとぉ<きっと勝つよ!>に似ていることが発端となり、受験生に欠かせないアイテムとして広がっていったこと)”が生まれた。そういう試みがなければ今のキットカットはあり得なかった。それがヒントになって、ブランデッドムービーに結び付いた。

2019年に開催されたショートショートフィルムフェスティバル&アジア(SSFF&ASIA)では、ネスレのブランドデッドムービーの新作「上田家の食卓」が公開された。16年にブランデッドムービー部門が創設された
2019年に開催されたショートショートフィルムフェスティバル&アジア(SSFF&ASIA)では、ネスレのブランドデッドムービーの新作「上田家の食卓」が公開された。16年にブランデッドムービー部門が創設された

ブランデッドムービー部門誕生のきっかけ

ブランデッドムービーがショートショートフィルムフェスティバル(SSFF)で1つの部門「BRANDED SHORTS」になったきっかけは?

高岡氏 もともと別所さんには「ネスレ ブライト」のCMに3~4年間出てもらっていた。

別所哲也氏(以下、別所氏) すべて海外ロケで、まさにCMという世界が華やかな時代でした。

日本初のショートムービー映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル」を立ち上げた別所哲也氏
日本初のショートムービー映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル」を立ち上げた別所哲也氏

高岡氏 その後、SSFFでお目にかかったときに、これまで抱えていた「広告が売り上げと利益に貢献できない」というジレンマを伝えた。彼のほうも芸術性を求めてこの映画祭をスタートしたが、映画業界の予算のなさに困っていた。当時は多額のお金が広告業界に注ぎ込まれているのを目の当たりにしていたので、なぜ映画業界がお金に困っているのか分からなかった。

 今でもCMを1本30秒作るのに5000万円の制作費がかかる。5000万円あれば、今なら90分の映画が撮れる。残念ながら現在は低予算映画が普通になっている。「花とアリス」の経験があったので、ショートムービーをクライアントの問題解決策として広めていくことに価値を感じた。16年にスタートした「ブランデッドムービー」という名称は、別所さんが付けてくれた。

高岡社長は『花とアリス』の成功体験から、ショートムービーをクライアントの問題解決策として広める価値を感じたという
高岡社長は『花とアリス』の成功体験から、ショートムービーをクライアントの問題解決策として広める価値を感じたという

ブランデッドムービーに先駆け、10年に開設された「ネスレアミューズ」というオウンドメディア内でコンセプトムービーを公開する「ネスレシアター」を開始されています。その背景と狙いは?

高岡氏 グローバルの観点で、例えばネスカフェやキットカットなど、なぜ国ごとのコマーシャルが必要なのか。数で言えば100種類ほどになる。このような議論がスイス本社の役員会議で起こった。「ネスプレッソ」のようにジョージ・クルーニーを起用し、グローバルで統一したほうが効率はいい。しかしネスカフェは80年、キットカットは70年も前からあるブランドで、国によってスタートもばらばら。コミュニケーション手段も違って当然だった。いまさら統一させるのも難しい。

 だがショートムービーなら、YouTubeにネスレシアターというプラットフォームを作れば、いろんな国が制作して配信できると考えた。インターネットには国境がない。そこでまずは各国で(ショートムービーを)作るよりも、日本で制作した作品に字幕を付けて公開すればいいと考え、中国語や韓国語の字幕を付けて配信するようになった。

 そこにはひょっとしたら日本のキットカットを輸出できるのでは、という思いもあった。まさか今のように何千万人もの訪日外国人客がおみやげとして買って帰ってくれるようになるとは、思ってもみなかった。

インバウンド需要だけでどれくらいアップしましたか?

高岡氏 今の売り上げの15%ほど。

04年に発売されたキットカットの抹茶味が訪日観光客に大変人気で、19年にはスイスをはじめ欧州8カ国でも販売を開始するほどです。そのきっかけは海外に向けたブランデッドムービーだったのでしょうか。

高岡氏 抹茶味を中心にムービーを制作していたので、それ以外には考えられない。化粧品なら品質重視で売れるのは分かる。でもチョコレートは日本製のおいしい商品がもっと他にある。別にキットカットでなくてもいい。それでも需要がこれだけあるというのは、長年取り組んできた成果だと思う。

19年のネスレ日本のブランデッドムービー『上田家の食卓』は、不足している栄養素をカプセルに入ったサプリメントで摂れるというパーソナライズサービス「ネスレ ウェルネス アンバサダー」をPRする。「栄養は健康に必要だと伝えたい。ゆくゆくは医療費の削減につながれば」と高岡社長は新サービスの展望を語る
19年のネスレ日本のブランデッドムービー『上田家の食卓』は、不足している栄養素をカプセルに入ったサプリメントで摂れるというパーソナライズサービス「ネスレ ウェルネス アンバサダー」をPRする。「栄養は健康に必要だと伝えたい。ゆくゆくは医療費の削減につながれば」と高岡社長は新サービスの展望を語る

(後編につづく)

高岡浩三(たかおか こうぞう)氏
ネスレ日本社長兼CEO

1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を手掛ける。05年、ネスレコンフェクショナリー社長に就任。10年、ネスレ日本副社長飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築。同年11月ネスレ日本社長兼CEOに就任。「ネスカフェ アンバサダー」などの新規ビジネスモデルを通じて高利益率を実現する一方、人事や営業などの管理部門も含め、あらゆる部門に「マーケティング」を採り入れ、“グローバルに通用する成熟先進国ビジネスモデル”の構築に力を注ぐ。
別所哲也(べっしょ てつや)氏
ショートショートフィルムフェスティバル代表/俳優/ラジオパーソナリティ

1990年、日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。その後、映画・ドラマ・舞台・ラジオ等で幅広く活躍中。「レ・ミゼラブル」、「ミス・サイゴン」などの舞台に出演。99年より、日本発の国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル」を主宰し、文化庁長官表彰受賞。観光庁「VISIT JAPAN 大使」、映画倫理委員会委員、外務省「ジャパン・ハウス」有識者諮問会議メンバーに就任。内閣府・世界で活躍し『日本』を発信する日本人の一人に選出。第1回岩谷時子賞奨励賞受賞。第63回横浜文化賞受賞。

(写真/酒井康治)