資生堂初の月額制スキンケアサービス「オプチューン(Optune)」は始動から本格展開まで約2年。これまで新ブランド立ち上げに3~4年かかっていたことを考えれば異例の速さだ。スピードにこだわる理由やベータ版で得た知見など、開発の裏側についてブランドマネージャーの川崎道文氏に聞いた。

川崎道文(かわさき みちふみ)氏
資生堂ジャパン次世代事業開発部 デジタルフューチャーグループ
「Optune」ブランドマネージャー

1991年、資生堂に入社し営業職を経た後、マーケティング部門にてスキンケアカテゴリーを中心にブランドマーケティングに従事。その後、事業戦略部門にて日本事業中期計画、外部アライアンスなどを担当。17年、「オプチューン」プロジェクトのチームリーダーに就任

オプチューンは2019年7月1日に本格展開が始まりました。想定より早く開発に至ったと発表会で杉山繁和社長が話されていました。開発の背景を教えてください(関連記事「資生堂『月額1万円のスキンケア』本格始動 何がすごいのか」)。

川崎道文氏(以下、川崎) オプチューンのプロジェクトオーナーでもある杉山(社長)から、「従来の資生堂のビジネスモデルやチャネルにとらわれないビジネスモデルを開発する」というミッションを与えられて17年1月1日にブランドマネージャーに着任しました。オプチューン専用マシンのメーカーからは「完成までに2年はかかるだろう」と言われていたものの、同年12月にはベータ版が完成し、18年3月にリリースしました。実際は1年以上の短縮でベータ版までこぎつけたわけです。

「オプチューン」は、肌をスマホで撮影するだけで環境情報や睡眠データを加味したその時にピッタリのスキンケア成分をマシンから抽出してくれる。スキンケアに手間を掛けられない忙しく充実した30~40代をターゲットにしている
「オプチューン」は、肌をスマホで撮影するだけで環境情報や睡眠データを加味したその時にピッタリのスキンケア成分をマシンから抽出してくれる。スキンケアに手間を掛けられない忙しく充実した30~40代をターゲットにしている

そこまで早さにこだわったのはなぜですか。

川崎 杉山には「スピード」に関して強い意志がありました。デジタル技術の進化で、ここ1~2年でIoTを活用したパーソナライゼーション分野の事例が外資メーカーを中心に増えています。そこで杉山は他社より1年でも早く踏み出したいと考えていました。「遅れれば他社がファーストエントリーになる」と。

 じっくり試行錯誤している時間はなかったので、アプリのユーザビリティー(使い勝手)などはまだ改善余地があると思っています。従来、新ブランドは完璧に仕上げてリリースしていたため、3~4年はかかっていました。オプチューンはいち早く新しいサービスを届けることに重点を置き、ユーザーにアイデアをいただきながら一緒に完成させていく考え方です。

なぜそれほど早く開発できたのですか。

川崎 まずプロジェクトとして進行できたことです。研究開発部門でチームができ、自宅で使えるパーソナライゼーションデバイスのプロトタイプの検討を始めた時期とプロジェクト開始が合致しました。パーソナライゼーションが資生堂全体の1つの方向になっていたこともあり、杉山にはプロジェクトオーナーとして随時迅速に決済してもらいました。

 オプチューンは肌や環境、睡眠など複合的な要因から、その時々に最適なスキンケアを抽出する仕組みですが、これまでの資生堂は適量も使い方も決められたものを守ってもらうという美容法です。従来のスキンケアにとらわれず、素早く判断してもらえたのは大きかった。100%のプランより時間を優先してベータ版を出せたことも大きな要因です。

店頭での肌測定実施率5%が肌測定アプリを生んだ

オプチューンはスマホのカメラで撮影するだけで肌の状態を測定できます。この技術について教えてください。

川崎 17年9月に開発した「肌パシャ」という肌測定アプリの技術を応用して搭載しています。スマホのカメラで撮影した肌画像から肌のきめ、水分、皮脂、毛穴の状態を算出できます。店頭カウンター専用の肌測定機器を開発しているスタッフが、蓄積したノウハウを結集して開発したので、スマホカメラの精度でも分析できる技術には自信がありました。

 肌パシャを開発したのは、店頭カウンターで機器を用いた肌測定を受ける人の割合が全世代で5%と低く、もっと自分の肌に関心を持ち、理解して商品を選んでほしいという思いからでした。実際に測ってもらわなければ、せっかくの技術力も発揮できません。肌パシャのダウンロード数は資生堂のアプリ全体で最速の伸びを記録しました。

 今振り返れば、これがパーソナライゼーションのスタートですね。

肌パシャはスマホカメラで撮影した肌画像から肌の状態を客観的に知ることができる
肌パシャはスマホカメラで撮影した肌画像から肌の状態を客観的に知ることができる

ベータ版のロイヤル顧客は他社ユーザーという意外な事実

ベータ版で得た知見を教えてください。

川崎 最も知りたかったのは、本当にこのサービスにニーズがあるのかということ。そのためベータ版はオールターゲットに設定しました。若い学生から40~50代の専業主婦までさまざまな属性の方に利用してもらった結果、「30~40代の充実しつつも忙しい女性」のニーズが最も高かったので、本格展開のターゲット層にしました。

 途中で脱落(使用を中止)したのは、言われたものでなく自分で使うものを調節したい人や、化粧品が大好きで新しいものが出ればそれを試したいという人でした。

 一方ロイヤルユーザーは、忙しくてスキンケアを選んだり日々の肌の調子に合わせたりする手間はかけられないが、美肌を求める気持ちの強い人たち。オプチューンと価値観が合ったのだと思います。意外なことに普段は他社の化粧品を使用している人が多く、まだ仮説段階ですが、資生堂のロイヤルユーザーはほぼいない傾向が見られました。

スマホカメラで肌を撮影するだけで、2ステップで必要なスキンケア成分が抽出されるため毎日のスキンケアの手間が省ける
スマホカメラで肌を撮影するだけで、2ステップで必要なスキンケア成分が抽出されるため毎日のスキンケアの手間が省ける

日々の肌情報を蓄積することで最適なスキンケアの精度が上がる仕組みは、サブスクによる課金ととても相性がいいと思いますが、ベータ版では都度購入してもらっていたものをサブスクにしたのはなぜですか。

川崎 お客さまの要望です。ベータ版ではカートリッジがなくなる前に通知する機能はありましたが、その都度購入してもらっていました。ユーザーから「資生堂を信頼してスキンケアの配合を任せているから、自動的に配送してくれたらいいのに」と言われたのです。

 実際、カートリッジの買い忘れで脱落する人も少なからずいました。サブスクにすることでより長く肌データを得られて、長くお付き合いできる利点もあるため、本格展開ではサブスクを選びました。

月額1万円(税別)という価格はどうやって決めたのですか。

川崎 値付けについてはかなりディスカッションしました。正直、マシンの価格を含めれば1万円では到底収まらない。リスクを考慮すればマシン自体を販売するほうがいいかもしれませんが、家電メーカーでもないのにマシンに対価を払ってもらうのは資生堂として選択できない。ソリューションを買ってもらおうと。

 ベータ版では、1本2800円(税別)のカートリッジで約1カ月半持ちました。1台のマシンに5本セットして使用するため1年間で12万円強になり、それを月額に計算しました。他にもユーザーや市場の調査結果も考慮して決めました。サービス全体に対する対価と考えています。

申し込み状況はいかがですか(19年7月8日現在)。

川崎 具体的な数字は申し上げられませんが、着実にユーザーが増えています。

1台のマシンにスキンケア成分が入ったカートリッジ5本をセットする
1台のマシンにスキンケア成分が入ったカートリッジ5本をセットする

従来のカウンター販売との共存は

オプチューンは自宅にいながらスキンケアを最適化し続けられます。従来のBC(美容カウンセラー)による店頭サービスへとのすみ分けや共存についてはいかがですか。

川崎 化粧品業界のマーケットシェアでいえば、資生堂はまだ10%ちょっと。オプチューンがターゲットにしているのは、資生堂以外のユーザーです。反対にオプチューンに合わないのは、新しい商品を試したい人やBCとの対話を通じて選ぶのを楽しみにしている人だと思います。そのため既存のビジネスを損なわないと考えています。

 そもそもカウンターでのBC業務自体がパーソナライゼーションの1つのあり方です。人とのコミュニケーションを求める人、行きたくても行けない人、いろんな形に対応していきたいので、BCにもそういった対応を求めています。

 オプチューンのサービスではこれまでのビジネスで得られなかった情報が取得できます。それをBCと共有することで店頭応対にもフィードバックしていきたい。

今後の展望をお聞かせください。

川崎 BaaS(Bearuty as a Service)の領域をオプチューンでリードしていきたい。リアルタイムに使用状況がクラウドへ蓄積され続け、取得できる情報が変わってきています。CRM(顧客情報管理)も再購入や使用品種拡大といった観点から、使い続けてもらう方向へ大きく変わるでしょう。いい意味で化粧品の選び方まで変えられることを望んでいます。

既存ブランドのマーケティングも高度化してきているという。「社内にマーケターを成長させるためのアカデミーを設置するなど、コンピテンシーを高めるための環境が整ってきた」(川崎氏)
既存ブランドのマーケティングも高度化してきているという。「社内にマーケターを成長させるためのアカデミーを設置するなど、コンピテンシーを高めるための環境が整ってきた」(川崎氏)

(写真/北川聖恵、写真提供/資生堂)

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