「未来は予測できない。我々がどういう未来を目指すかでそれは決まる」――。日経BP 創立50周年記念フォーラムに4月23日登壇した、慶応義塾大学の環境情報学部教授でヤフーCSO(チーフストラテジーオフィサー)の安宅和人氏は、会場の若者に40分間の熱いメッセージを送った。来場者アンケートで「参考になった」「とても参考になった」が全体の98%を占めた熱狂セッションをここに再現する。本稿後半では日本初の実証実験「観光型MaaS」の取り組みを紹介する。

 この30年で一番大きな変化は、コンピューターを持ち歩く時代になったことだと安宅氏は指摘する。その間、コンピューティングパワーの増大化、ネットワークの高速化が進み、計算処理のキャパシティーが上がるにつれて、データサイエンスも進化していった。

 「ニューラルネットワークの概念は私が学生の頃からあったが、動かないことで有名だった。それが大量のデータが処理できるようになって動くようになった。そして、人類が囲碁でAI(人工知能)に負けるという歴史的瞬間が来てしまった。今は産業革命級の変化が起きていて、今後あらゆる産業がAI、データ化することは間違いないだろう」と安宅氏は語る。

講演するヤフーの安宅和人CSO。会場の熱気から途中でベストを脱ぎ捨てた
講演するヤフーの安宅和人CSO。会場の熱気から途中でベストを脱ぎ捨てた

 また、近年は経済の中心が中国、インドといったアジアに急速にシフトしており、機械学習における最先端のアプリケーション、磨き込みの中心が中国になっているなど、地政学的にもこの大きな変化が起こっているという。

スケールで富生む時代の終焉

 2017年、米テスラの株式の時価総額が米ゼネラル・モーターズ(GM)を超えた。しかしその時、テスラの販売台数はGMの130分の1しかなかった。これは会社の規模ではなく、技術をテコに世の中を変えている感が富を生んでいることを示しているという。

 「今まではとにかくスケールを出して富を生み、その富を使って未来を変えていくという方向だった。それが逆向きになってきている。本質的な変化だと思う」と安宅氏。世界的に人口調整局面に進む中、今後は規模が大きく市場シェアを持っている企業にとっては負の局面に入ると言う。逆にスタートアップにとっては下克上ができるいいチャンスとなるのだ。

 一方、日本の状況は悪い。世界における株式の時価総額ランキングでは日本企業は低位にいる。1人当たりの生産性も低いままだ。過去15年間、世界的に技術革新で劇的な生産性向上があったにもかかわらず、日本は伸ばすことができなかった。「日本の政策が失敗したという事実を受け入れなければならない」と安宅氏は厳しく言及する。

 AI×データ戦争における3つの成功要件として、「利用可能な大量のデータ」「圧倒的なデータ処理力」「質と量で世界レベルの情報系サイエンティストとICTエンジニア」を挙げつつ、そのどれもが日本は劣っていると指摘した。

 「日本におけるデータのコストは世界と比べて非常に高い。また、自然言語処理のような機械学習のコア部分を実装できるエンジニアも足りていない。その理由として大学は理数素養を持たない文系が中心で、データサイエンス、データエンジニアリングのプログラムが全然ないからだ。日本の若者たちは持つべき武器を持たず、空手しか習っていないような状態で、それでは世界で戦えない」と安宅氏。

実産業を持つ日本に強み

 また企業などのミドル層、マネジメント層にも課題があるという。「この層にこそ、実際の課題とサイエンス、エンジニアリングとをつなぐアーキテクト的な人材が多く必要。だが今はほとんどいない。スキルを学び直さないと、みんな見捨てられてしまう。このままいくと『邪魔なおじさん』ばかりが増えて世の中をダメにしてしまう。データはない、技術はない、人はいない、その上規制が多い、これでは全く勝負にならない。今の日本の状況は1853年の黒船来航の時代と同じなのではないか」と安宅氏は嘆く。

大石基之(日経 xTECH編集長)、吾妻拓(日経クロストレンド編集長)と討論するヤフーの安宅和人CSO(右)
大石基之(日経 xTECH編集長)、吾妻拓(日経クロストレンド編集長)と討論するヤフーの安宅和人CSO(右)

 産業革命を大局的に見ると3段階に分かれるという。第1フェーズは蒸気機関などといった新エネルギーと技術が生まれる時期。第2フェーズはさまざまな製品が生まれ高度な応用が進む時期。そして第3フェーズはそれらの製品が複雑につながって、エコシステムを構築していくという時期だ。日本はこれまで第1フェーズをやったことがなく、第2フェーズ、第3フェーズで勝ち上がってきたというのが安宅氏の指摘だ。

 「ビッグデータの技術も相当こなれてきた。今は産業のデータ×AI化が一気に進む一歩手前のフェーズにいると思う。これまでのフェーズでは米国と中国に支配されてきたが、多くの実産業分野で存在感を持つ日本には、これから相当なチャンスが訪れるだろう。なぜなら、実産業を持たない企業はデータなり知見なりを得る方法がないからだ」と安宅氏は言う。

 ここで安宅氏は、2016年に公開された映画「シン・ゴジラ」のセリフを引用する。「映画の中の印象的なセリフが、『この国はスクラップ&ビルドでのし上がってきた。今度も立ち上がれる』。まさにそうだと思う」。

 では、これから必要とされるのはどのような人材なのだろうか。安宅氏は次のように語る。「我々が描く課題や夢を技術で解いて、それをデザイン的にパッケージングできるような人が必要だ。特に夢の部分が重要で、目に見えない価値を生み出すことが大切になってくるだろう」。

 そのためには境界領域で力を発揮する人材も重要だと指摘する。複数領域の専門性を掛け合わせて持つ必要があるというのだ。「今までのように、大学が特定の専門ごとに人を採って育てるのではなく、横断型プログラムを作って境界領域の人材を育てる点を相当に工夫する必要があると思う」と安宅氏は語る。

異人を認め、そして育てる

 今までの競争型の人材というより、普通の人が価値を見いださないようなところに価値を見いだす“異人”ともいうべき人材を認め育てる必要があるという。「トーマス・エジソンが創業したのが21歳、グラハム・ベルが電話を発明したのが28歳、松下幸之助が創業したのが23歳。これまで大きな革新の多くは若者によって行われてきた。こういった人を引き上げ、育ててあげることが大切だ」。

 日本の研究予算は削られ、国公立大学の交付金も下がっており、博士課程の人材も減っている。社会保障費が増大する中、未来を担う層に投資できていないのが現状だ。

 「国力に見合った金の使いかたができていない。これを直視せずして我々の未来はない。国家予算の支出面で将来の国の力につながる人材育成、研究開発へのシフトが大事だ。よく未来の話を聞かれるが未来は予測できるものではない。人工生命をコンピューターでシミュレーションすると、初期値と条件が同じでも進化は毎回違う。むしろ我々がどういう将来を目指すかで未来が決まる。未来は目指すものであり創るものなのだ」と語った。そして最後に会場の若者への提言として次のように語った。

 「私がマッキンゼーにいた頃、グローバルな戦略研究グループで企業の成長要因を徹底的に調べたことがある。優れた経営者なのか、素晴らしい戦略なのか、圧倒的な実行力なのか、有望な市場なのか。その結果分かったのは、企業の成長の7割以上が市場で決まるということだ。とにかくトレンドに逆行してはいけない。経済の中心がアジアに移り、あらゆる産業がデータ化されアップデートされるのが真実で、そこにかけるべきだ」

伊豆で日本初「観光型MaaS」の実証実験

 次に、次世代型のシームレスな移動を実現する「MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)」に関するセッションを紹介しよう。登壇者は、伊豆半島で日本初の「観光型MaaS」の実証実験を手がける東京急行電鉄の事業開発室プロジェクト推進部プロジェクトチーム課長の森田創氏、ジェイアール東日本企画の常務取締役で営業本部長、チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)の高橋敦司氏、そして政府の取り組みを解説する国土交通省の総合政策局公共交通政策部交通計画課の交通政策企画調整官の日下雄介氏の3氏だ。

日本版MaaSの議論を推進する国土交通省の日下雄介・企画調整官
日本版MaaSの議論を推進する国土交通省の日下雄介・企画調整官

 MaaSは移動の効率化だけではなく、まちづくりや社会課題の解決などにもつながると期待されている。国交省の取り組みとして日下氏は次のように語る。

 「人口減少、少子高齢化に加えて、交通機関の運転手不足も顕著になってきており、地域交通の現状は厳しい。国交省では07年に『地域公共交通活性化再生法』を制定し、いかに地域の交通手段を確保するかに取り組んできた。現在は『日本版MaaS』を実現すべく議論を開始している」

 その中間とりまとめのポイントは主に4つだ。「事業者間のデータ連携」「運賃・料金の柔軟化、キャッシュレス化」「まちづくり・インフラ整備との連携」「新型輸送サービスの推進」である。また地域の特性を5つに分類し、各地域が抱える交通課題に対して、MaaSの望ましい在り方を整理しているという。

 続いて、東急電鉄とJR東日本企画は伊豆半島における日本初の「観光型MaaS」の実証実験を紹介した。フェーズ1は今年4月1日から6月30日までの3カ月だ。伊豆への観光客の8割は自家用車を利用するとされる。休日の国道135号線の激しい渋滞はよく知られたところ。公共交通機関を利用するにも、駅からの2次交通が分かりにくいことや、それを担う人材不足が課題だった。こうした課題の解決が実証実験の狙いだという。JR東日本企画の高橋氏は次のように語った。

 「下田周辺の観光名所は駅から車で数十分といった微妙な距離にあり、公共交通機関も少なく、魅力的な観光資源が生かされていなかった。鉄道会社としての使命は、住人や訪れる人が増え、地域が栄えること。これをMaaSで解決できないかと思った」

鉄道会社としての使命を語るジェイアール東日本企画の高橋敦司常務
鉄道会社としての使命を語るジェイアール東日本企画の高橋敦司常務

 今回の実証実験の目玉は、専用アプリ「Izuko」の開発だ。伊豆の旅行を便利にするさまざまなサービスがアプリ上で展開されている。

 伊豆エリアを移動する際に、電車、バスを2日間自由に利用できるデジタルフリーパスを提供。Izuko上で決済でき、伊東ー下田エリアのみの「Izukoイースト」と、伊東ー下田ー修善寺ー三島まで広く使える「Izukoワイド」の2種類を用意した。利用者は駅の改札やバスの乗車時にアプリを見せるだけでいい。また、近隣の観光施設のデジタルチケットを割安で購入できる機能もある。アプリで事前購入すればチケット購入の列に並ばなくても済む。さらには、観光者目線で名所のルートを検索できる機能や、レンタカーやレンタサイクルを予約できる機能もある。

 「実証実験の目標としてアプリダウンロード数2万件、フリーパスの販売数1万枚を目指している。ぜひダウンロードして伊豆を訪れてほしい」と東急電鉄の森田氏は来場者へ訴えかけた。

専用アプリのIzukoへの期待を寄せる東京急行電鉄の森田創課長
専用アプリのIzukoへの期待を寄せる東京急行電鉄の森田創課長

下田でAIオンデマンド交通を運行

 1853年のペリー来航の地、下田には歴史ある街並みが今も残っている。ただ道路幅が狭く公共交通機関が入れない場所もあった。そこで、観光客だけでなく地元の住人も利用できるAIオンデマンド乗合交通を運行し、利便性を高めようとしている。市内16カ所に40センチ角のシールをつけて乗降場所を設定、利用者はアプリ上で乗合交通を呼ぶことができる。乗客の待ち状況や目的地データを基に、AIが最適なルートをドライバーに提示することで、効率的な運行を可能にしているという。

 「待ち時間およそ10分で車が到着する。アプリ上ではあとどのくらいで着くかの確認もできる。観光客と地元の方との交流が生まれることも期待したい」とJR東日本企画の高橋氏は言う。

 このセッションでは来場者へリアルタイムのアンケートを実施。「MaaSで解決したい社会課題は何か」という問いに対し、選択肢に「高齢者による事故撲滅と免許返納後の移動手段確保」「満員電車や交通渋滞の解消」「過疎地域などの交通弱者の救済」を挙げたところ、「満員電車や交通渋滞の解消」と答えた人が最も多い結果となった。

 この結果に国交省の日下氏は、「サブスクリプションといった定額制サービスが広がれば、より利便性が高まり交通渋滞の解消につながるのではないか。2019年4月18日から『新モビリティサービス推進事業』の公募を開始。全国15カ所ほどを予定しており、各地域のモデルとなるところを支援していきたい。その結果を他の地域にも成功事例として示せればと思う」と語った。

観光客の利便性をいかに高めるか

 MaaSで解決すべき課題は移動手段以外にも、観光客の利便性をいかに高めるかがある。下田ではクレジットカードが利用できる地元の店が2店舗ほどしかなく、外国人観光客などには不便な状態だ。

 「決済手段のキャッシュレス化は大きな課題だ。お土産屋さんや飲食店などは、これまでMaaSの対象としてあまり語られてこなかった。が、これからは地域の皆さんと連携して伊豆をICT武装し、最先端の観光地にしていきたい」とJR東日本企画の高橋氏は語った。

 もっとも、サービスを提供する側の高齢化も進んでおり、スマホの利用に慣れていない場合も多いという。「携帯電話会社とも協力して、地元の高齢者に向けたスマホの説明会なども開催しているところだ。MaaSでは、技術を導入すれば一足飛びにすべて解決とはならず、地元の方と課題解決に向けた地道な作業を一つひとつ進めていくことが大切だと思う」と東急電鉄の森田氏は言う。MaaSの社会への浸透で周辺ビジネスにも好影響が出て、人々の消費行動を大きく変えていくのかもしれない。