科学的発見は人間に特有だと考えられていた極めて難しい知的活動だが、技術の発展により、機械であるAIによる科学的発見も可能になってきた。Google傘下のDeepMind社が開発したタンパク質の立体構造予測AI「AlphaFold(アルファフォールド)」は、AIによる科学的発見の代表的な成功例。AlphaFoldはコンテストで圧倒的な成績をたたき出し、世界に衝撃を与えた。前編ではまずはタンパク質の仕組みや立体構造予測の応用について説明していく。

 人間は、進化の過程で得た高い知能を生かし、現代までさまざまな科学的発見を行ってきた。物理法則の発見、ある作用を持つ物質の同定などの科学的発見は、製品への応用や生産機能の増強につながり、我々の生活は、これらの科学的発見によって得た知識から生み出されたものであふれている。人間の知的能力を生かした科学的発見とその活用こそが、生物の中で人間だけに特有の文明生活をもたらした要因といえる。

 ディープラーニングの技術発展によりAIの性能が飛躍的に上昇した現在、今まで人間の知的活動の象徴でもあったこの科学的発見を、AIにさせる試みがなされている。既に研究の成果が出ているところでは、所望の性質を持つ新物質の発見、化合物とタンパク質の作用予測による創薬、AIによる天体発見、物理現象の背後にある式の導出などといったものが存在する。これらの発見は、AI、特に深層学習の特性である莫大な高次元データの処理能力によるもので、人間による分析では極めて難しい科学的発見も可能であると期待されている。

人間には極めて難しい科学的発見をAIに委ねる試みも進んでいる(写真はイメージ/Shutterstock)
人間には極めて難しい科学的発見をAIに委ねる試みも進んでいる(写真はイメージ/Shutterstock)

 最近話題になった研究に、ノーベル物理学賞を受賞した物理学者リチャード・P・ファインマン(Richard Phillips Feynman)の名前を冠した“AI Feynman”がある。AI Feynmanは、物理法則に従って生み出された観測データから、ニューラルネットワークなどを用いて、有名な物理学テキスト『ファインマン物理学』に載っている100個の公式(例えば、万有引力の法則)を導出している。

 一方、これらの成功例は、現時点では人間がかなりの処理プロセスを作り込んでおり、深層学習導入以前からの知識の蓄積に依存する場合もある。そのため、AIの性能や成果を過大評価し、今すぐ人間に代わってAIが何もかもできるようになると判断するのは妥当ではない。

 世界最強とされるプロ囲碁棋士を破り世界に衝撃を与えたAlphaGo、囲碁のみならず将棋やチェスなどのゲームでも人間のプレーデータを参考にせずに最強クラスの強さを持つに至ったAlphaZeroの開発など、世界最先端の人工知能の開発を行っているGoogle傘下の企業DeepMind社は、具体的な実世界応用AI技術として、この科学的発見ができるAIの開発に乗り出している。この研究の最大の成功が、これまで世界に衝撃を与えてきたAlphaGoなどと同様に「Alpha」の名前を持つ人工知能AlphaFold(アルファフォールド)であり、タンパク質の立体構造予測という分野で圧倒的な性能を見せつけた。

 この記事では、世界最高の学術雑誌Natureに掲載されたDeepMindの論文「improved protein structure prediction using potentials from deep learning」で解説されている具体的なAlphaFoldのアルゴリズムや、このAlphaFoldを利用して、現在世界を混乱させている、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすウイルス(SARS-CoV-2)の分析に取り組んだ研究成果について解説する。

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improved protein structure prediction using potentials from deep learning

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