マーケター受難の時代と言われる現代。複雑多様化の一途をたどるデジタルマーケティング業界において、昨今注目を集めているのが、「BI/ダッシュボード」の存在だ。本記事は、デジタルマーケティング業務の運用の専門サイト「Unyoo.jp」で話題になった記事を、日経クロストレンド読者向けに編集した。

 BI/ダッシュボードとは、飛行機のコックピットのようなもので、急速に変化する環境において常にデータを可視化・モニタリング・分析しながら、スピーディーな意思決定につなげるためのサポートツールである。

 興味はあるものの、実際には使ってみたことのない方も多いのではないだろうか。前編では、これまで数多くのダッシュボード導入支援に携わってきたアタラCEOの杉原剛による監修の下、BI/ダッシュボードの違いからツール選定のポイントまで、次回後編では定着化のコツやうまく活用するために身につけるべきスキルまでを紹介する。

マーケター受難時代の救世主到来?

 そもそもなぜ昨今、BI/ダッシュボードの有用性が注目されているのだろうか。その背景には「消費行動の断片化」「情報爆発」「ツール乱立」の3キーワードがある。

 現在、ウェブ上のメディアの数は年々増え続けている。またデバイスや生活者のタイムシフトが多様化し、情報を消費する生活者の消費行動の断片化はとどまるところを知らない。情報の量自体も増えており、2020年には世界の情報量が44ゼタバイト(44兆ギガバイト)になるという予測もあるほどだ。

出典:IDC/Dell EMC RICH DATA & the Increasing Value of the INTERNET OF THINGS

 「これは一大商機!」とばかりにデジタルマーケティング関連ツールも乱立しており、(主なプレーヤーを一覧、分類した)カオスマップはもはや5000社超え。まさにカオスなマップである。

 そうなると、ウェブ広告の運用者にはどのような影響があるのだろうか。まず、運用すべき媒体の数が増える。10年前ならば運用すべき媒体は数媒体程度だったため運用者の気合でなんとかなっていたものが、今では「Google 広告」をはじめ、「Yahoo!プロモーション広告」「Facebook広告」「Twitter広告」「Amazon広告」……など、挙げればきりがない。手作業でゴリゴリとリポーティングすることが運用者の疲弊を招き、業界にとっても損失となっている。

 それに加えて、Google 広告のリポートタイプだけでも50種類以上あるなど、データの種類も増える一方。マーケティング施策自体も複雑多様化している。まさに今は「マーケター受難の時代」なのである。

データが爆発的に増えて、分析、リポートの手間が増大している
データが爆発的に増えて、分析、リポートの手間が増大している

 さらに、これまでリポーティングに多用されていたExcelリポートでは、前月分が翌月頭に確定したのちにリポートを集計して報告、そこから意思決定が行われるため、アクションまでに時間がかかってしまう。これまでの方法では、管理的にも時間的にも限界に来ている。だからこそ、常にデータを収集・分析・ビジュアライズし、モニタリングできるBI/ダッシュボードが注目を浴びているのだ。

 もちろん、BI/ダッシュボードはExcelリポートの代替としての役割だけでなく、組織の内部管理、KGI(重要目標達成指標)/KPI(重要業績評価指標)管理、マーケティング施策決定にも活用できる。つまり、アイデア次第でいかようにも利用することが可能となる。

BI/ダッシュボードの違い

 BIとはBusiness Intelligenceの略で、もともと経営・会計・情報処理などの用語で、組織のデータを収集・蓄積・分析・報告するという意味。本記事で言うBIは新たな知見を獲得するためにデータ分析を主な目的とするビジュアライゼーションツールのことを指す。メインユーザーはデータサイエンティストなどの専門職であることが多い。

 対してダッシュボードは、データによる診断が主な用途であり、データを使って適切・迅速なアクションにつなげることを目的とするツールを指す。そのため、ビジネスユーザー全員が使いやすいように設計されているのが特徴だ。他にも、CRM(顧客関係管理)データやデジタルプロモーションデータ、市場・競合情報などのマーケティングに関わるデータを統合・可視化し、マーケターが利用することに特化したMI(Marketing Intelligence)ツールなどもある。

 自社がBI/ダッシュボードに求めているのは、データの分析による新たな知見の獲得なのか、適切なアクションを取るための診断なのか。一口にBI/ダッシュボードと言ってもできることが異なるため、自社の目的は何かをしっかりと定め、BIのみ、ダッシュボードのみ、もしくは併用するなど柔軟に検討することが大切だ。

BIとダッシュボードの違い
BIとダッシュボードの違い

 BI/ダッシュボード共に、「接続」「保存」「準備」「整理」「分析」「可視化」「共有」の7要素が必要だと言われており、プロダクトごとにそれぞれ特徴がある。ここでは例として、4つのプロダクトを紹介する。

Tableau
 BI界の老舗ツールとして、言わずと知れたTableau。かなり深い分析までできるためBI寄りのプロダクトだと言える。ユーザーコミュニティーも活発で、可視化のためのヒントを得やすいというメリットもある。ただ、分析やデータ操作に専門知識が必要な場合も多いため、一般的なビジネスユーザーというよりは、データサイエンティストやエンジニアなどに使いやすい仕様となっている。

looker
 lookerは日本ではまだ耳なじみの少ないツールだが、集計クエリをソフトウエア開発プラットフォーム「GitHub」で管理できたり、ダッシュボードの定義自体をコード化して共有できるなど、かなりエンジニアに使いやすい仕様となっている。BI要素・ダッシュボード要素のバランスが良く、コード管理ができる点が、同ツールの大きな特徴と言える。

Domo
 Domoは、経営者が経営判断に必要な数値をタイムリーに見たいというニーズからスタートしたため、深い分析というよりはダッシュボード寄りのプロダクトと言える。エンジニア向けにSQLも使える仕様ではあるものの、ビジネスユーザーが簡単に扱えるUIが特に充実しているのが特徴だ。

Google データポータル
 同ツールの特徴は、なんといっても基本無料で使えること。ビジュアライズ表現手段も多く、無料でここまでできるの!?と驚かされるほど、機能が充実している。ダッシュボードを他ユーザーへ共有するハードルも低い。

4ツールは主な対象ユーザー(横軸)、ツールの用途(縦軸)で性格が異なる
4ツールは主な対象ユーザー(横軸)、ツールの用途(縦軸)で性格が異なる

ツール選定のポイント

 ここでは4つのBI/ダッシュボードツールを紹介したが、MIツールである「Datorama」など、さまざまなツールが世に出ている。各ツールによって細かな仕様は異なるが、いざツールを選定する際は以下4つのポイントを押さえておく必要がある。

1.データ取り込み方法の多種多様さ
 データをツールに取り込むための方法は、多様であるに越したことはない。ツールによってはオンプレデータ(自社設備内で管理・運用を完結させているデータ)を手動でCSVやエクセルに出力する必要がある一方で、PCやサーバーにさえ出しておけば自動回収する機構を備えたものもある。また、取りたいデータのAPI接続口がなかった場合、ウェブスクレイピングやFTP経由など、さまざまな取得方法を考える必要がある。

2.ETL機能の有無と使い勝手
 ETL(Extract Transform Load=データ抽出や加工・入出力)機能とは、企業の基幹システムからのデータ抽出や加工、入出力をするための機能。広告やマーケティング系のデータはそのまま利用できないことも多いため、ETL機能の有無や柔軟性も意識しなければならない部分だ。

3.データガバナンスやセキュリティーへの配慮
 これは、大企業であればあるほど意識すべきポイント。全員へ全公開してよいのであれば問題ないが、部署や役職、グループによって見せられる/見せられないデータがあった場合に、データ資産の管理や公開の段階付けができるか、データセットの中で見せる/見せないの条件指定ができるかなど、柔軟に対応できる機能の有無はチェックしておきたい。

4.可視化されたものを共有する手段の多さ
 PCのみならず、モバイルでも可視化できるのか、チャットなどコミュニケーション機能はあるかなど、さまざまな連携方法が用意されていることも、定着化させるうえで意外と大事になってくる。通勤時間などにモバイルで確認することで、ダッシュボード慣れするための癖づけを行ったという例もある。

 どのようなツールを導入するにしても、大切なのは機能に引っ張られすぎず、自社でBI/ダッシュボードを導入する目的を見失わないことや、どのような指標を追うのかを明確化しておくことだろう。また、いざ導入してみたものの、定着化せず誰も見ないようでは宝の持ち腐れである。

 後編では、定着化のためのコツや、うまく活用するために身につけるべきスキルなどを紹介したい。

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