@Yam_eye・2020年04月26日 廃墟とは、人が作った物が自然に帰って行く途中の姿である。自然観察から生まれた科学と文化が人工物という形に一度は結晶し、遺棄され、ふたたび自然に浸食され埋もれて行く。抽象的な輪郭と生命の混沌のコントラストが、深く私たちの心を打つ光景を作る。

 イタリア・シエナから南西に30キロメートルほどのところにサン・ガルガーノ修道院という、インスタグラマーの人気スポットがある。広々としたひまわり畑の中にポツンと建った石造の建物。修道院と呼ばれているが、正確にはかつて修道院だった屋根もない壁だけの廃墟である。13世紀に建てられたこの修道院はなかなか壮大なゴシック建築だったようで、中に入ると空が十字に切り取られて、この世のものとは思えない荘厳な光景に出会える。

 18世紀末に屋根が崩落し、修復されないまま資材の略奪を許し、荒れ果てたままになっていたらしい。20世紀になって一部の礼拝堂が修復されたが、修道院の巨大な壁はそのままに保持されている。今では結婚式なども行われる人気の場所となり、ずいぶんきれいになってしまったらしいが、30年近く前に私が訪れたときにはほとんど人気もなく、鳩の声だけが時々聞こえる静寂の空間だった。その中にポツンとあるベンチのようなサイズの石の祭壇に差し込む日が、妙に鮮やかだったのを覚えている。

 廃墟は、人工物が自然の営みに徐々に敗北していくさまである。かつては風雨を防ぎ、他人や動物の侵入を拒み、内部の人間の快適さを保つために存在した構築物が、その骨格を残しながら徐々に崩れ、辺りに住む動植物の楽園として解放される。人が暮らしているときよりも平穏な時間が流れているように見えることが、意図しない文明批評を私たちに突きつける。それを作った人の意思を想い、それが使われていた頃の活気を想い、そしてなぜそれが放棄されるに至ったかを想う。廃墟は、いつも私に長い思考の時間をくれる場所である。

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