@Yam_eye・2016年7月16日 私たちは科学技術がもたらすであろう価値観を仮説的に提示する。つまりそこにはフィクションがある。だからこそ可能な限り科学的に真摯な「ハードSF」でありたいと常に願っている。

「美しい義足プロジェクト」の価値観を表象する1枚として2012年に著者が描いたスケッチ
「美しい義足プロジェクト」の価値観を表象する1枚として2012年に著者が描いたスケッチ
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 21世紀も5分の1が過ぎようとしているが、私たちの世代にとっては21世紀という呼称はいつも「未来」の象徴だった。私がカーデザイナーになった1980年代には、「○○2000」というコンセプトカーがたくさん登場した。フィクションの世界でも映画『2001年宇宙の旅』をはじめ、「21世紀になったら」を想定した映画やアニメがたくさん創られた。しかし、いまだに月までの定期便は存在していないし、空を飛ぶロボット少年もレプリカントもいない。ネオ東京も第3新東京市もない。前の世紀のSFが、21世紀前半にいろいろなことを盛り込み過ぎたので、作中の想定年が来るたびに、がっかりし続けている。

 ある大学の学長も務める高名な科学者が、「研究でSFから何かを得たことはない」とおっしゃるのを聞いたことがある。彼はSFファンでもあるのだが、SFに登場するアイデアのほとんどは、科学者たちがすでに気がついていたことか、荒唐無稽かのどちらかだという。研究者としてその自負は分からないでもないが、デザイナーである私はSFからたくさんのインスピレーションをもらった。そもそも私のスケッチの手法の原点は、ジョー・ジョンストンやシド・ミード、ダグ・チャンらコンセプトアーティストたちのタッチである。

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