@Yam_eye・2020年07月25日
完成度とは「そんなこと誰も気にしない」修正や改良の集合体である。

日産自動車のデザイナーであった著者がINFINITI Q45のクレイモデル製作作業中に描いたラフスケッチ。1986年制作
日産自動車のデザイナーであった著者がINFINITI Q45のクレイモデル製作作業中に描いたラフスケッチ。1986年制作
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 自動車のボディーデザインの工程では通常、インダストリアルクレイという素材が使われる。常温では硬いが、60℃ぐらいで軟らかくなる樹脂系の粘土だ。2年ほど前に米国のアートセンターカレッジ・オブ・デザインを訪ねたとき、カーデザインスタジオに入るや否やその独特の香りに包まれて、かつてのクレイと何カ月も格闘した日々を思い出した。

 車のボディーは居住空間と同時に様々な機能部品を内包するが、全体としては1つの彫刻である。そこには人々に伝えたいテーマがあり、デザイナーの美意識や価値観が込められている。その製作期間は通常の工業製品よりもはるかに長く、最初のイメージモデルを作り始めてから、全体の外形データが完成するまで、1年以上かかることも珍しくない。ただし開発の前半は競争的なものであるため、案が採択された後にデザイナーがじっくりと実物大のモデルに取り組むのは、おおむね3~6カ月ぐらいだろうか。

 彫刻作品としては実に巨大なものなので、アイデアのコアは個人のものであっても1人では製作できない。現実には多くの職人とデザイナーがチームとなって、様々な工学的な条件と格闘しながら、製品コンセプトの表現に挑む。チームメンバーは「ハリ」「面質」あるいは「〇〇感」などの、独特の造形用語を使いながら完成度を上げていく。特に車全体を進行方向に沿った滑らかな曲面で覆う工程は、ボディーに映り込む光をコントロールする繊細な作業であり、100分の1ミリメートルの精度が求められる。