@Yam_eye・2011年10月21日
排泄によって人は、一定時間ごとに一人になる。社交的な人もひとときの孤独を取り戻し、機械のように働く人も生き物であることを思い出す。怒っていても泣いていても、冷たい便器に座れば頭が冷える。そう考えると、自分を見つめる装置「鏡」がトイレにあるのは、実に正しい。

 トイレの時間は、私たちのあらゆる営みを中断させる。どんな作業でも数時間おきには止めざるを得ないし、会議中や食事中ですら「ちょっと失礼します」と席を立っても(多少気まずい場合はあるとしても)ほとんど拒絶はされない。自然界には、移動中や捕食中に用をたす生物も少なくないが、社会生活を営む人間には、定められた公共ルールがある。社会から解放されて、一人自分の生理活動に向き合う孤独な時間は、とても貴重なのだ。