オリンピックを巡るトラブルが絶えない。特に最近は、新聞や週刊誌など報道メディアと、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会との直接紛争の様相を呈している。相次ぐ不祥事・降板報道で組織委員会側も硬化しているのか、いささか攻撃的なクレームも見られる。先日は、1年も前の開会式演出プランを週刊文春が報じたことに、著作権侵害まで持ち出して、回収を要請した。文春側はこれに全面反論。研究者や報道機関も、「著作権法上は許された利用であり、報道の自由への干渉」として猛反発の様相だ。そんな中、むしろメディア側が要請を受ける前に自ら動画を削除したケースがある。果たして、オリンピック報道はどこまで許されるのか? 福井健策弁護士に聞いた。

(写真/Shuterstock)
(写真/Shuterstock)

Q1 報道が自分で動画を削除するなんて、弱腰の自主規制ですよ!  許せませんね!

A1 また、自分が当事者でないと鬼の首を取ったように。だいたいどんな事件か知っているのか?

Q2 いいえ! 教えてください。

A2 ……分かった。事の起こりは聖火リレーだ。東京新聞の記者の方が、その姿を取材した。場所は福島。復興リレーというイメージとは裏腹に、ランナーの前に公式スポンサーの大型宣伝車が大音響を鳴らしながら連なり、マスクを付けないDJがその上で絶叫するといったお祭り騒ぎだったという。「これが聖火リレーのあるべき姿か?」と批判的に報じ、ウェブ記事にはその模様を動画で埋め込んだ。大きな反響があり、動画は約90万回再生されたという。

Q3 ……なかなか気骨のある記事じゃないですか。え? そのどこが問題なんですか。聖火リレーを無断撮影すると違法なんですか?

A3 もちろんそんなことはない。公道で聖火リレーのような公開のイベントを撮影して報道することは、基本的に自由だ。そうでなければニュースという営み自体が成立しないだろう。

Q4 ですよね。でも、聖火(トーチ)の著作権とかランナーの肖像権は大丈夫なんですか?

A4 勉強してるな。まず、トーチが著作物かどうかは一応疑問もあるが、まあ著作物だとしよう。もっとも、著作権法には「時事の事件報道」という重要な例外規定(41条)があって、事件報道のために、その事件を構成したり事件の過程で見聞される著作物を利用したりすることは自由なのだ。

 演出プランの論争でも登場した条文だが、今回は聖火リレーのあり方を問う報道記事であり、トーチや五輪エンブレムはまさに対象の著作物なので、利用は問題ないだろう。肖像権についても、詳細な説明は省くが、こうした公開イベントでの公道上のランナーやDJの姿を報道で用いる場合、ちょっと肖像権侵害は考えにくいだろう。詳しくは、以前のQ&Aを見てほしい。ちなみに、このときに紹介したデジタルアーカイブ学会の「肖像権ガイドライン」は公式版が公表間近だ。

Q5 え、ではなぜ削除したのですか?

A5 ここで、聖火リレーの「メディアアクセスルール」という国際オリンピック委員会(IOC)がつくった決まりが登場する。そこには「放送権者以外のメディアは、聖火リレーはディレイ(事後)に72時間に限って配信などできる」との明記があるのだ(Ⅱ[b]項)。つまり、公式の放送権者と差を付けるためのルールだな。そして、報道に関する情報や画像などの「メディアキット」を受け取るためには、メディアライブラリーというものに登録しなければならず、その際に、各メディアはこのルールへの同意を求められる。

関連リンク(クリックで別ページへ):
・東京新聞 聖火リレー 私が五輪スポンサーの「お祭り騒ぎ」動画をTwitterから削除した理由

 本件の東京新聞記者も、ここで苦悩した。自分個人はルールを無視しても負けない気がする。しかし、ルール違反ということで社としての東京新聞がオリンピック報道から締め出されたらどうするかと悩み、動画を72時間で削除したというのだ。削除には批判が多く寄せられ、記者は自ら、その苦しい胸の内を記事にしている。どうだ、君なら別の行動を取れるか?

オリンピック報道、これからが正念場

Q6 ……すみません。仮に珍しくルールを読んでたら、悩みもせず72時間で削除すると思います。

A6 うむ。実際、オリンピックに限らず「取材に協力してもらうためにルールに従う」ということは、メディアの世界では日常茶飯事だろう。いわば「提供と統制」だ。特に、オリンピックはスポンサー収入にかなり依存している。だから放送権者や公式スポンサーと、そうでない会社では、特権(ベネフィット)ではっきり差を付けようとする傾向があり、近年は特にその傾向が強い。

Q7 でも、さすがに公道での聖火リレーの報道を落とせっていうのは、やり過ぎじゃないでしょうか? せっかく90万再生もされたのに。

A7 特にオリンピック運営はスポンサー収入以上に、政府や都の資金やチケット収入で賄われている。いわば、最大のスポンサーは我々国民だ。そして報道とは何か。報道は人々の目であり耳だろう。我々の資金とサポートで運営されるオリンピックが、どんな問題を抱えているのか、どうあるべきなのか、我々には報道を通じて知る権利がある。つまり、報道の自由とは、実はメディアの権利ではなく、我々の権利なのだ。

Q8 ですよね。じゃあ、我々はどうすればいいでしょうか?

A8 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は民間団体とはいえ、はっきり公共的性格がある。となると、憲法の「報道の自由」の精神に反するようなルールは、仮にメディア側の同意を得ていても、「優越的地位の濫用」などで独禁法に違反したり、あるいは民法の約款規定という条文に照らして無効になったりする可能性は十分にありそうだ。

 とはいえ、そういうことを個人である記者や一新聞社に主張させて、他のメディアは何となく冷ややかに見ている、というのがこれまた日本でいかにもありがちな問題だろう。単独でなど戦えるわけがない。それこそ、各メディアが連帯して、過度な報道の自由への干渉は改めるよう、さらにいえば「そういう行き過ぎたルールには従わないよ」と、組織委員会やIOCに申し入れてはどうだろうか。

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