2020年11月、電通は、希望する社員が退職した上で個人事業主となり、業務委託契約を結び直すという「ライフシフトプラットフォーム(LSP)」という構想を発表し、注目を集めた。この構想が持つ法的問題点について弁護士の二木康晴氏に聞いた。

個人事業主になることを希望する社員がどれだけいるかは分からない(写真/Shutterstock)
個人事業主になることを希望する社員がどれだけいるかは分からない(写真/Shutterstock)

Q1 電通の取り組みはどのようなものか

A1 電通の企業Webサイトによれば、今回の取り組みへの参加を希望する社員は、一度退職した上で個人事業主となり、新たに設立する新会社「ニューホライズンコレクティブ合同会社」(以下「NH社」という)との間に、10年間の業務委託契約を締結するとのことである。業務委託契約では、電通に勤めていた時の給与を基に算出した固定報酬とインセンティブ報酬があり、固定報酬は段階的に減らし、インセンティブ報酬は段階的に引き上げられていく仕組みとなっている。

 各種の報道によれば、2021年1月から社員全体の3%程度に相当する約230人がこの仕組みに切り替わるとのことである。

安定した収入を得ながら副業ができる

Q2 どのような狙いがあるのか。

A2 これまで電通では副業が禁止されていた。しかし今後は、個人事業主としてNH社から一定の業務を受託し、安定した報酬を得ながら、「これまでとは全く別の分野だが、ずっとやりたかったこと」や「なかなか踏み出せなかった新しい事業」などに取り組むことができるようになる。

Q3 このような取り組みはよくあるのか。

A3 特定の職種や業界においては、雇用契約の終了後に業務委託契約を締結するという話がないわけではない。例えば、弁護士や税理士などの各種士業やコンサルタント、エンジニアなどの専門職は、いきなり独立して個人事業主になるとリスクが大きい。そこで、前職から仕事を回してもらえるように、業務委託契約を締結するという話は珍しくない。

 また、特定の専門職に限らず全従業員のうちの希望者を対象に、雇用契約から業務委託契約へ切り替えた事例として、タニタの例がある。同社は「日本活性化プロジェクト」と題して17年1月、希望する従業員の雇用形態を、業務委託契約をベースとした個人事業主に切り替えた。もっとも、こうした取り組みの例は、それほど多くはないだろう。

個人事業主は労働法による保護を受けられない

Q4 どのような問題があるのか。

A4 まず、業務委託契約の場合、いわゆる労働法の保護を受けることができなくなる。例えば個人事業主は、労働時間規制(8時間/日、40時間/週)、年次有給休暇、解雇規制、労災などによる保障が受けられない。また個人事業主になれば、これまで会社が負担していた社会保険なども負担しなければならなくなる。

 このような労働法の規制や、社会保険等の負担を軽減させるために、実態は「雇用」であるのに、名目上「業務委託」という形態にするという企業側の脱法行為も少なくない。

 今回の取り組みが適法なものになるためには、契約書に記載された名目がどうなっているかではなく、実態が「業務委託」でなければならない。具体的には、(1)業務遂行に対する指示・管理、(2)労働時間(始業・終業・休憩等)に対する指示・管理、(3)事業主の独立性(資金、設備、資材等を自ら調達するか)などの要素を、総合的に考慮する必要があるだろう。

企業の脱法行為などに利用されないように

Q5 今後はどうなるか?

A5 もし本人が自由な意思で制度の適用を希望し、かつ、その働き方の実態が「雇用」ではなく「業務委託」と呼べるものであれば特段、問題はないだろう。むしろ、いきなり退職して収入ゼロから起業することに躊躇(ちゅうちょ)をしてきた人にとっては、一定の収入を確保しながら起業準備を進めることができるようになるなど、選択肢が増えることにつながる。

 一方で、このような動きが、企業側による労働法の脱法や社会保険料の免脱に利用されないように注意しなければならない。

 先に述べたタニタの事例では、個人事業主が就業時間や出退勤の時間に縛られることなく、タニタ以外の仕事も自由に請け負うことができることなどを積極的に公表している。

 日本の産業界で広く「働き方改革」が進む中、制度の一部をクローズアップして紋切り型の議論をするのではなく、労働者と経営者のそれぞれにとってふさわしい働き方とはどのようなものかということが、さらに議論されていくことが望まれる。