2019年1月下旬、ネットとワイドショー番組の話題が「ティラミス」で持ちきりになった。大阪のある会社が、シンガポールの有名なティラミス店の名称と商品を「乗っ取った」というのだ。ブランド名と商品の「乗っ取り」は許されるのか? 知的財産権の法務に詳しい福井健策弁護士に聞いた。
Q1 乗っ取りとはどういうことなのでしょうか。
A1 メディアで騒動となったのは、1月に1号店がオープンしたティラミス店「HERO'S」(https://www.hero-s.net/)が、シンガポールの有名店「ティラミスヒーロー」(https://thetiramisuhero.com/)と店舗名や商品が似ているという点。仮にここではシンガポール側を「本家」と呼ぶが、2013年頃から日本でもデパートなどで販売展開し、スイーツファンの間では人気の存在だったという。
Q2 かなり似ていますね。店舗名も要するに「ティラミス」「ヒーロー」ですし、便乗商品のように見えますが許されるのでしょうか。
A2 商品については微妙だろう。まず、本家は日本でティラミスヒーローを商標登録していなかったので、商標権は主張できない。よって、「不正競争防止法」という法律で基本的に考える。この法律では、登録・未登録にかかわらず、よく知られた人のブランド名などのトレードマーク(=商品等表示)と類似した表示を使って、消費者が混同するような事態を招く行為を不正競争行為として禁じている(2条1項1号)。そしてこの商品等表示は、場合によっては商品の形状や店舗デザインなどでも当たるとされる。つまり、そのお店や商品のシンボルと言えるような要素をまねすると、不正競争の余地が出てくるということだ。
HERO'S側は、(1)瓶やティラミスの形状、(2)(イラスト自身は似ていないが)猫のキャラクターを中央に配したイメージ、(3)「ヒーロー」の文字使用、の全体によって、かなり本家と似たイメージを抱かせる。その結果、「メディアで見たあのティラミスだ」「以前食べておいしかった猫のティラミスだ」と勘違いして購入する消費者も一定程度いそうな気がする。そういった恐れがあると裁判所が判断すれば、HERO'S側は不正競争に該当すると判断されることになるだろう。
今回は、かなり際どいグレー領域であるように感じる。
Q3 ただ、HERO'S側は逆に商標を出願して、本家がブランド名を変えざるを得なくなったとも聞きましたが。
A3 それが本件の最大の特徴で、メディアで「乗っ取り」と騒がれた理由だろう。原則としては、商標出願は早い者勝ちだ。前述のように本家は日本での商標出願をしていなかったので、逆にHERO'S側が18年3月に「ティラミスヒーロー」という文字を、さらに8月にはなんと、本家が以前から利用していた猫のイラスト入りのロゴマークを、そのまま日本で出願して登録してしまった。
それを受けた本家は19年1月、「大好きな日本でこのような事態が起きたことは大変残念」としつつ、店名とメーンキャラクター名の変更を発表したのだ(https://thetiramisuherojapan.com/2019/01/17/新サイトのお知らせ/)。HERO'Sの行為は、本家が日本で展開できないように「妨害」するためのものだったと取られてもしかたがない面があるし、ここまでアグレッシブなケースは、中国などでは報道されるが、日本では最近はあまり聞かない。
Q4 ちょっとひどい気がしますが、便乗商品はともかく、相手のロゴを商標登録してしまうなんて許されるのでしょうか。
A4 こちらは、法的にはさらに疑問だ。まず、本家のイラストロゴは、恐らく立派な著作物だろう。そのため、商標登録があろうがなかろうが、全世界的に本家側が著作権を持っている。HERO'Sはそれをそのまま業務目的でコピーして商標出願に使ったのだから、著作権侵害の可能性があろう。
さらに、そもそも国内外の需要者の間で広く知られていたロゴやブランド名を、他者が全く同じ商品のために商標登録することは、商標法は認めていない(商標法4条1項10号・19号ほか)。今回は、審査官が本家の存在を知ったうえで商標登録を認めたのか、単なる見落としだったのかはよく分からない。いずれにしても、本家側は異議申立という手続を開始しているため、事後的にでも商標は取り消される可能性があろう。
その場合、さらに言うと、そもそもHero's側は許されない商標登録を意図的に行うことで本家の営業を妨害したことになり、刑法上の「業務妨害罪」の成立も理論上は問題になり得る。
Q5 HERO'Sはこうした商標出願を他でも繰り返していると報じられていますが。
A5 特許庁データベースによると、他社の商品として既に著名な「奇跡のパンケーキ」や「てぃらぷり」を既に出願しているようだ。これらの登録がそもそも認められるかは、ティラミスヒーローの件がここまで社会問題化したこともあって疑問だ。ただ、いずれの結論になるとしても、読者の方々もご自身のブランド名・商品名について、日頃から登録状況をチェックすべきだろう。また、仮に他者に登録されてしまったとしても、対抗手段もあるので簡単にあきらめないことが大切だ。