2022年に入り、話題を聞かない日はないほどますます盛り上がりを見せる「メタバース」。改めて、メタバースとは何物なのか。どのようなビジネスモデルが存在するのか。マーケティングプラットフォームとしての実力や、国内外の主要プレーヤーの動きはどうなっているのかをまとめた。日経クロストレンドに掲載した過去の記事を基に8個のポイントでトレンドを解説する。
(1)メタバースとは
インターネット上に仮想的につくられた、いわば現実を超えたもう1つの世界のこと。利用者は自分の代わりとなるアバターを操作し、他者と交流する。仮想空間でありながら、メタバース上で購入した商品が後日自宅に届くなど、現実世界と連動したサービスも試験的に始まっている。また、仮想的なワークスペースとして、BtoB(企業向け)活用への広がりも期待されている。
(2)メタバースは普及するのか?
現状、まだメタバースが持つ可能性については不透明な部分も多く、普及するか否かについての議論が活発になっている。「普及しない」理由として、引き合いに出されることが多いのが「セカンドライフ」だ。同サービスは米リンデンラボが開発した仮想空間サービス。アバターや施設などを利用者がつくって交流でき、メタバースの先駆けともいえるサービスだった。07年に日本にも上陸し、企業がバーチャル店舗を出すなど一時ブームになったが、熱狂はすぐに去った。
しかし今回のメタバースのトレンドは、セカンドライフとは一線を画すといわれている。3つ目のポイントで紹介する通り、ゲームやSNS(交流サイト)の延長線上としての進化、これが今回のメタバースのコアとなっているからだ。人気ゲームなどを中心に、既に多数の利用者が仮想空間で活動していることは大きい。
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・米メタ(旧フェイスブック)
21年10月、SNS大手の米フェイスブックが社名を「Meta(メタ)」に変更したと発表。SNS企業からメタバース企業へ本格的に変身を遂げる姿勢を全世界へとアピールした。関連サービスとして、同社は21年8月からVR(仮想現実)を活用した会議ツール「Horizon Workrooms」のベータ版を提供している。利用者は仮想空間でアバターとなり、VR空間で会議ができる。
・米エピックゲームズ
メタバースブームのトレンドの基点となっているのが、米エピックゲームズが17年に公開した多人数同時参加型のバトルロイヤルゲーム「Fortnite(フォートナイト)」だ。ゲームとしての利用にとどまらず、フォートナイト内で友人と集まって話をしたり、音楽ライブに参加したりといった、コミュニケーションツールにもなっているのが特徴。20年8月には、人気シンガー・ソングライターの米津玄師がバーチャルイベントを開催したことでも話題を呼んだ。
フォートナイトのゲーム自体は無料だが、スキン(見た目を変えるアイテム)の年間販売額は日本円にして3000億~5000億円にもなるといわれており、有名高級ファッションブランドの売り上げをしのぐ規模となっている。こうした「次世代のアパレル市場」に企業は熱い視線を注ぎ始めている。今後さらなるビジネスチャンスを生むはずだ。
・米ロブロックス
フォートナイトと同様に、米国を中心に利用者が拡大しているのがオンラインゲームプラットフォームの「Roblox(ロブロックス)」だ。ロブロックスは、DAU(1日当たりの利用者数)が4950万人(21年12月末時点)に達している。
利用者はロブロックス内で独自のゲームをつくれるのに加え、デジタルアイテムを制作して販売し、ゲーム内通貨を獲得することも可能だ。ゲーム内通貨を現金化する方法もあり、経済が回り始めている。
メタバースコマース(メタコマース)とも呼べる動きも現れている。21年5月には、ロブロックス内で、ラグジュアリーブランドの「グッチ」が「ディオニュソス」シリーズのバーチャルバッグを販売し、4115ドル(約51万6700円)で売れた。
このバーチャルバッグは、昨今話題になっているNFT(非代替性トークン)アイテムでも、実際のバッグと交換できるオプションを付与されていたわけでもない。ただアバターがわずかな時間身に着けられるバーチャルアイテムだったのにもかかわらず、同シリーズのリアルの販売価格である3400ドル(約42万6900円)を大きく上回った。
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・香港バカサブル・グローバル
香港のバカサブル・グローバルが運営する「The Sandbox」 は、4000万ダウンロードを誇る「The Sandbox」シリーズのブロックチェーンメタバース。「ウォーキング・デッド」(米国のテレビドラマ)をはじめ、60以上のパートナーシップを持つ。国内企業の中でThe Sandboxにいち早く目を付けたのが、商業施設「SHIBUYA109渋谷店」などを展開するSHIBUYA109エンタテイメント(東京・渋谷)だ。同社は22年3月、The Sandbox上に専用区画「SHIBUYA109 LAND」を開設する準備を始めたと発表した。
(4)国内の主要プレーヤー
・グリー
21年8月、子会社のREALITY(東京・港)を中心にメタバース事業への本格参戦を発表。今後2~3年で100億円規模の事業投資を行う計画だ。なおREALITYは、アニメのようなアバターを作成し、誰もがVTuber(バーチャルユーチューバー)のようにライブ配信ができるアプリ「REALITY」を展開する。
・クラスター
メタバース空間の制作やイベント制作を行うクラスター(東京・品川)は、日本最大級のメタバースプラットフォーム「cluster」を運営する。手掛けるのは、「バーチャル渋谷」をはじめ、テーマパーク「ポケモンバーチャルフェスト」やスポーツイベント「バーチャルハマスタ」、日本中央競馬会(JRA)と小説「ソードアート・オンライン」(SAO)がコラボした「バーチャル競馬場」など多数。公開イベント数は年間1500以上、1000万人を超える動員数を誇る。
・HIKKY
HIKKY(東京・渋谷)は、世界最大のVRマーケット「バーチャルマーケット」を主催する。日本だけでなく米国や韓国など世界中からユーザーが訪れ、来場者数は100万人を超える規模という。20年4~5月に開催した「バーチャルマーケット4」では、「VRマーケットイベントにおけるブースの最多数」としてギネス世界記録に認定された。
(5)企業活用に3つの方法
企業はメタバースをどう活用していくべきか。経済産業省の委託を受けて「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析」を行ったKPMGコンサルティング(東京・千代田)の報告書によれば、3つの活用例が想定されている。「生産性の向上」「新規事業」「マーケティング」だ。
・生産性の向上
VRヘッドセットをかぶって、病院での手術や火災現場での消火活動の疑似体験をして訓練を効率化したり、リモートワーク下での円滑なビジネスコミュニケーションに活用したりするイメージだ。この分野は用途が明確であり、オフィスワークの代替手段など、BtoBの領域で粛々と広がっていく可能性が高い。
・新規事業
既にゲームなどの領域で拡大しているアバターやデジタルアイテムの販売。加えて、仮想空間を活用したイベント事業など。ゲームのデジタルアイテムに加え、仮想空間の商業施設とも呼べる「バーチャルマーケット」では、セレクトショップのビームス(東京・渋谷)や大丸松坂屋百貨店などが店舗を出店し、デジタルアイテムの販売を既に実施している。
・マーケティング
デジタル空間での消費者との接点づくりやコミュニケーションに活用することを指す。メタバース空間の企業活用は、消費者とのエンゲージメント向上につながると期待されている。
(6)メタバースを活用した4つのビジネスモデル
メタバース構築の支援事業を手掛けるSynamon(シナモン、東京・品川)COO(最高執行責任者)の武井勇樹氏は、マネタイズ視点でメタバースのビジネスモデルを分析している。軸となるのは、「課金モデル」「広告モデル」「ECモデル」「仲介モデル」の4つだ。
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・課金モデル
メタバース時代の課金ビジネスで注目すべきは、現実世界と同じく対象が無数にあること。アバターやスキンだけではない。例えば、仮想空間で遊んでいるときにバーチャルカフェを訪れた場合、バーチャルのコーヒーを“飲む”ために課金するといったことも想定される。
また、音楽ライブや演劇などのオンライン化も進んでおり、バーチャル劇場で観覧する行為も課金要素となる。さらに、ソニーグループが、英国マンチェスター市に本拠地を置くサッカークラブ「マンチェスター・シティ・フットボール・クラブ」とのパートナーシップを締結した事例のように、スポーツのバーチャル観戦といったことも収益源として有力だ。
▼関連記事 ソニーがスポーツでメタバースに挑む2つの理由 英マンCとタッグ旅行、美術館や博物館の観覧、遊園地などのアミューズメント体験など、リアルにおけるあらゆる体験が課金コンテンツとして機能する可能性がある。
・広告モデル
広告は接する可能性がある人が多い、集客力のある場で機能するモデルだ。そのため、まだメタバース黎明(れいめい)期ともいえる現状においては、課金モデルに比べるとメタバースでの成功事例はまだあまり目立たない。
ロブロックスでは、既に米ナイキやグッチとコラボ企画を実施するなど、有名ブランドのタイアップ広告のような先行事例が出始めている。メタバースでは空間自体を自由に構築できるため、ブランドの世界観をより濃密に表現できることは、利用企業にとって大きなメリットといえそうだ。
・ECモデル
バーチャルアパレルが課金によって購入されるのに対し、リアルで着る服をバーチャル空間で購入する際、販売員の接客技術が生かされる可能性が高い。それを裏付けるように、メタバース空間では、バーチャル接客にチャレンジする動きが広がっている。
例えば、ビームスは、バーチャルマーケットにバーチャル店舗を出店し、実際に店舗スタッフがVRヘッドセットをかぶってメタバース上でリアルタイムに接客したところ実在する商品の販売につながった。
▼関連記事 ビームスが挑むメタバース・コマース 意外と売れた、2つの発見また、大手百貨店の三越伊勢丹ホールディングスもVRアプリ「REV WORLDS(レヴワールズ)」に仮想伊勢丹新宿店を出店し、スタイリストによるオンライン接客を実施している。
・仲介モデル
メルカリのようなCtoC(消費者間取引)サービスが、デジタルアイテムの領域にも広がるイメージだ。実際、メルカリはNFT事業に参入。バーチャルアイテムを含めたマーケットプレースの構築も視野に入れている。
また、デジタルアイテムの売買だけでなく、人と人、人と企業とのマッチングビジネスが広がる可能性も大きいとする見方もある。バーチャル空間やバーチャルアイテムをつくれるクリエーターと、それが欲しい人(企業)などがその1例。後述するように、メタバース時代はクリエーターエコノミーがより規模を増すと考えられ、マッチングも重要になるはずだ。
(7)メタバース普及のカギを握る「クリエーターエコノミー」
メタバース世界は、動画配信や執筆、作品販売など、クリエーターが個人で収益を上げられる経済活動を指す「クリエーターエコノミー」がより色濃く出やすい世界だ。ロブロックスでは、利用者がクリエーターとなり、自由に仮想世界、ゲーム、アイテムをつくれることが人気の源泉になっている。
リアル世界では巨大資本を持つデベロッパーしかつくれない都市や大型ビル、世界全体すら、仮想世界では誰でも生み出せるようになる。アバターに関しても、アパレルの知識や服飾の技術がなくても自由につくれる。既にアバターの販売で大きな収益を上げるクリエーターも現れているのが現実だ。
今後は、一般ユーザーも企業も入り交じり、誰もがサービスや商品の提供側になる「総クリエーター時代」の到来もあり得る。企業はIP(知的財産権)を管理しつつも、一定のルールの下でユーザーによる改変を許可したり、一部開放したりすることで、UGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)を生み出せる可能性が高い。そうなると、消費者とのエンゲージメントも高まる。ユーザーと共に“世界”をつくり、チャレンジしていくことがメタバース時代の勝ち筋といえる。
(8)今後の流れ
現在はプレーヤーがそれぞれ用意したプラットフォームや3次元サービスが点在し、ユーザーはそこで活動をしている、いわば、閉じられたメタバース(クローズドメタバース)ともいえる状態だ。それにより競争が活性化し市場が急拡大している背景もあるが、プラットフォームやサービス間の相互運用性がないため、ユーザーは自身のアバターやデジタルアイテムを特定のサービスで限定的にしか利用できない。一部、アバターの共通ファイルフォーマットでつくったものを“持ち運べる”場合もあるが、多少の知識が必要で、利便性やサービス間の相互利用の面では課題がある。
そんな状況の中、多様なメタバース、XR(現実世界と仮想世界の融合)サービスは今後、相互運用性を高めていくのが自然な流れだ。加えて、そもそもオープンメタバースを想定した仕組みの開発も活発化していくと考えられる。