かげこうじ事務所代表取締役でマーケター/クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏とニューロサイエンティストの辻本悟史氏による対談。前編では、人の心は「顕在感情」と「潜在感情」の2つで成り立っており、それが決断にどう作用するかを議論した。後編は消費行動に直結する感情について。ポイントは2つの感情のはざまにある「境界領域」だ。これがヒット商品を生み出す「顧客インサイト」になる。
鹿毛康司(以下、鹿毛) 行動は見えているし、起こったことなので嘘をつかない。その行動の前に、どうも好き嫌いとか、怒っているとか、それは本人が知っている。これを僕は感情とか意識の領域に分けました。そのうちの本人が気付いてない心、潜在的な心が行動に影響している。この体系については同意いただけますか。
辻本悟史(以下、辻本) ほぼ同意ですが、顕在感情と潜在感情の重なる部分にある「境界領域」が重要ではないかと考える人が増えています。完全に知らないことと、完全に知っていることの間に、何となく知っている気はするけど、出てこないことがある。海外では「プレ・コンシャス(意識化前)」と呼ばれますが、舌の先まで言葉は出ているけど、でも説明できないような感情です。
心理学の実験では「再認記憶」と呼ばれます。記憶の課題は大きく分けると「再生課題」と「再認課題」の2つがあります。再生課題というのは1時間前に覚えた無意味な10個の単語のうち、3~4個は言葉にできること。一方、残りの6~7個の単語を見せると、見たことを思い出せる。これが再認課題です。同じ記憶の課題ですが、メカニズムはずいぶん違います。さらにもう1つ付け加えると、「潜在学習」というものですが、見たか見てないかを聞かれても分からないと答える。でも、数日後に同じものを覚えさせようとすると、早く覚えられる現象を表します。
かげこうじ事務所代表/マーケター/クリエイティブディレクター
テレビCMの刷り込み効果は脳科学でも合理的
鹿毛 そこを突いているのはコマーシャルですよね。前の2つは実はデジタル広告を説明するのに向いていると思いますが、どうでしょうか。
辻本 デジタル広告でも、うまく刷り込むものなら潜在学習にも効くはずですが、広告の接触環境によって音が出せず、文字で説明する比重が高くなると顕在認知に寄っていきます。「このブランドを覚えてますか」と聞いて、言わせるのは難しいが、再認の場合だとその後に店に行ったときに確かに見たなと思ってもらえるかもしれません。もっと心の奥底に行くと、見たか見てないか分からないけど、それでも知っているということになります。
ニューロサイエンティスト/シックスファクター ディレクター/博士(医学)
鹿毛 整理すると、ニューロサイエンスでは行動を起こさせるのは心。その心には潜在と顕在があり、これで人はほぼ動いている。最近では、潜在と顕在の間にも、つつかれれば分かる、そうした領域があると言われ始めている。多くの人が心の奥底で思っていたのに言葉にできていなかったことを突くことで、人の心は動きやすくなるのではないでしょうか。
辻本 それは鹿毛さんも既にやられていることだと、著書を読んで思いました。本の中では「心の奥底に潜る」という表現を多用されていますが、潜在から顕在にいきなり戻るのではなく、境界領域をインターフェースとして介在させて行き来しているのではないでしょうか。
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