「自分をどうとがらせるか」を自ら決断する時代に

音部 では、プロフェッショナルになるにはどうしたらいいか。誰でも初めは未経験。内田先生は、プロフェッショナルの方々にどのような共通点を見ますか?

内田 やっぱり「厳しい環境」を生き抜いてきた経験ですかね。

音部 厳しい環境というと、例えば?

内田 因数分解すると、厳しいお客さんを担当すること、一緒に働く仲間のレベルが高いこと、それからテーマが未開でチャレンジングであること。相手と仲間とテーマが厳しいほど成長できる可能性が高くなると思います。でも、今の時代にはそれが足りない気がしているんです。

音部 やさしい世の中に向かっていますよね。

内田氏は、「失敗の数が多いほど学びも多い」と語る
内田氏は、「失敗の数が多いほど学びも多い」と語る

内田 働き方改革も生産性を上げる文脈なら結構ですが、楽をすることが目的にすり替わっていないかちょっと心配です。私、人間は失敗からしか学べないと思うんですよ。成功すると、基本的に人は同じことを繰り返そうとするから、そこには成長も学習もない。一方で、失敗すれば何が悪かったのか考えるし、次はこうしてみようと工夫もする。だから失敗の数が多いほど学びも多いんですよ。学んだ人が結果を出せるかというと、また別の問題ですけどね。

音部 失敗から学ばない組織も少なくないですよね。「終わったことはいいから、次!」という風に。その奥には、失敗を見つめることで誰かが悪者になることへの恐れもあるんじゃないかと思っているんですが。失敗から学べることは山ほどあるはずなのに、それを見過ごして糧にしないのはもったいないですよね。

内田 音部さんは、ピカソとおばあさんの話、知っていますか? ある日おばあさんがピカソに「この紙に絵を描いてほしい」と尋ね、ピカソは30秒で書き上げます。彼が「この絵は100万ドルです」と告げると、おばあさんは「たった30秒なのに、そんなに取るのかい」と驚きます。するとピカソは「違いますよ、30秒と30年です」と言ったという話です。

音部 私も好きな話です。ビジネスの経験でも同じことが言えますよね。価格を決めるとき、単純に作業にかかった時間ではなく、それを支える経験に価値があるのだと。

内田 プロフェッショナルってこういうことだと思うんですよね。だから、プロへの第一歩は「自分の領域」を早めに定めること。日本ならではの、ジョブローテを回してゼネラリストを育てる方法では、会社が変わったときに価値が薄くなってしまいます。

音部 同感です。いったん領域を確立してしまえば、経験していくにしたがって、経験値の獲得効率も上がっていきますから。

内田 これも藤原和博さんが言っている有名な話ですけど、希少人材になりたければ「掛け合わせをしろ」と言われますよね。何事も、極めようと思えば1万時間やればそれなりに極められる。年数にすると5年から10年1つのことだけに取り組むイメージです。100人中1位になることは、そう難しくありません。けれども、1万人中の1位となると難易度はぐっと上がります。だから、「エンジニア × コピーライター」とか「教師 × ブロガー」とか、2つの領域で100人中1位になれば、その掛け合わせで1万分の1の希少価値になる。

音部 これまでは組織が個人の能力開発をしてくれていましたが、これからは「自分をどうとがらせるか」を自ら決断する力が必要になっていきますね。

「戦略の左脳」と「本能の右脳」が溶け合う状態が一流

内田 突然ですが、日本には南米のサッカー選手のような点取り屋のフォワードが少ない。どうしてか分かりますか?

音部 育ってきた環境が違うから?

内田 そうですね。もっと言うと、協調性が日本人の強みだからなんですね。スポーツライター・二宮清純さんの著書『勝者の思考法』によると、右向けと指示があったときに左を向くようなあまのじゃくじゃないと、ゴール王にはなれないのだそう。頭で考える左脳部分は相手チームに徹底的に分析されてしまっているので、得点に差がつくのは選手の右脳次第。日本人は協調性がある分、独創性やクリエイティビティが発揮しづらいのだそうです。

音部 なるほど、右脳で差が出てくるんですね。とはいえ、ゼロの状態から右脳を鍛えるのは難しいのかなとも思っていて。左脳的なインプットを一定量して、考え方の枠組みを知ったあとに、右脳部分で個性が出てくるのかなと思います。

内田 まさに、戦略の左脳と本能の右脳が混然一体となって発揮されるのがプロフェッショナルかなと思いますね。1993年に来日して天才と呼ばれたジーコは、自著の中で「自分は天才ではない。1000通りのシュートを覚えただけ」と語っています。1000通りをそれぞれ100回ずつ練習すると、アシストが来た瞬間に「733番目のやつだ!」と身体が分かるというんです。他の人から見たら右脳的な所作であっても、本人からするとデータベースの一部なんですよね。

音部 スポーツ選手は「ゾーンに入る」ってよく言いますよね。球が一瞬止まって見えたとか。マーケティングでもあるんですよ。ビジネスレビューで情報を整理していると、明らかに一本の道筋が見えてくることが。

内田 経験値とデータベースがあるからこそ、ひらめくことができるんですよね。

音部 そうだと思います。

内田 「ひらめき」の前には「現象」がありますよね。例えば、ドラッグストアが外国人の新しい観光スポットになっていたり、パーキングエリアで車が渋滞していたり。そういう現象を見て、アイデアをひらめくわけです。そして「ひらめき」を支えているのは「問題意識」と「データベース」。同じ現象を見ても、それぞれ異なる問題意識とデータベースを持つAさんとBさんでは、ひらめくものも変わってくる(参考図書『スパークする思考 右脳発想の独創力』)。

 私は、飛行機に乗ると決まって「このフライトの1人当たりの単価いくらだろう」という目で見てしまうんです。それは、かつて私がエアラインでレベニューコントロールの仕事をしていたから。機内に乗り込んだとき、そこに着目する人はきっと少ないですよね。多くの人は機内食や映画のラインアップの方が気になるんじゃないかと。

音部 マーケターの場合は、ブランドや価格や競合といったデータベースが多く蓄積されているので、ものの見方にも影響しているのでしょうね。経験を積んで左脳を鍛えることが、右脳のフィルターになっている気もします。世の中にあふれている情報からノイズを除去して、エッセンシャルなものだけがクリアに見えるような。

内田 その通りですね。過去のデータベースに加えて、自分の姿勢を表す問題意識をいかに研ぎ澄ませていくかが、プロフェッショナルに求められる要素だと思います。

「経験値とデータベースがあるからこそ、ひらめくことができる」(内田氏)
「経験値とデータベースがあるからこそ、ひらめくことができる」(内田氏)

(写真/菊池くらげ)


書籍『マーケティングプロフェッショナルの視点』発刊
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