生活のデジタル化は大量のデータを生み出し、マーケティング活動の効率化に変革をもたらした。忘れるべきではないのは、データは大量の数字の羅列という様式を取るが、本質は消費者の体験や活動を数値で置き換えたもの、ということ。データを「数字」として認識した時点で、意義を失いかねない。

なぜターゲット消費者を「20代女性」としたのか自問してみよう (C) metamorworks/Shutterstock
なぜターゲット消費者を「20代女性」としたのか自問してみよう (C) metamorworks/Shutterstock

 極めて有能な手練れのマーケターともなると、訪問調査で玄関に入っただけでどの洗剤ブランドを使っていそうか、8割方、分かるという。洗剤ブランドの選択と玄関の風情という2つの項目が、共通する何かの結果になっているからだろう。それは、人生の価値観とか、生活の信条とか、ライフスタイルと呼ばれるものかもしれない。靴のしまい方、玄関の置物、収納の仕方などにも、それらが影響を与え、同じように洗剤ブランドの選択にも影響を与える。

 このレベルに達したマーケターは極めて限られたごく一部でしかないけれど、これは生まれつきの超能力ではなく、繰り返し鍛えられた消費者理解のたまものである。特定の製品カテゴリーのみに偏向した消費者理解ではなく、広く深く人間を洞察しているからこそ、できることだ。

 もし、人生の価値観や生活信条がブランド選択に影響を与えているならば、それらを理解することで、消費者が望むベネフィットを提供しやすくなりそうだ。マーケターにとってはマーケティング予算の投下効率が上がり、消費者にとっては時間や手間といった情報検索コストが下がる。マーケターは消費者が望むはずのものを提供でき、消費者は自身の趣味に合ったものを購入できる。

テレビCMは「幕あいの寸劇」か

 情報の氾濫が収まる気配はない。接触可能な情報量の増殖はとどまるところを知らないが、われわれが実際に摂取できる情報量は限られている。文字や映像を理解するために必要な時間も精神力も、ともに無限ではない。広告を見なくなったという嘆きを聞くようになって久しいが、そもそも見ていたのは広告ではなくテレビ番組や雑誌記事の合間を埋める「幕あいの寸劇」だったように思われる。15秒や30秒のテレビCMフォーマットにのっとった動画作品や、雑誌サイズに切り取った写真作品を、エンターテインメントとして見ていたのだ。

 テレビCM全盛の時代に、短い動画は他になかった。美しい写真を見る手段も雑誌以外にはあまりなかった。今はそうではない。ネット上に動画も写真もあふれている。その結果、広告に接触してもらうことはできても、ちゃんと理解してもらうことがまれになった。そもそも、われわれは「広告」を見ていたのではないのだ。

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