ドアハンドル専業メーカーとして独自の地位を築き上げたユニオン(大阪市)。2019年ミラノデザインウィークでは、建築家・田根剛氏とのコラボレーションによる展示に3万人もの来場者を集めた。「建築文化」の発展を見据える立野純三社長に、創立60周年を迎えた現在と次世代へのビジョンを聞く。

立野 純三(たての じゅんぞう)氏
ユニオン 社長
1947年生まれ。甲南大学卒業後、青木建設入社。73年ユニオン入社。90年より同社代表取締役社長。大阪産業局理事長。86年、世界の子どもたちの生命や暮らしを守る「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」設立に関わり、1990年~2004年理事長、2005年~2015年名誉理事長を務める。94年には日本の造形文化の向上を目指し、建築分野における調査研究や国際交流を助成する「ユニオン造形文化財団」を設立。同時に「ユニオン造形デザイン賞」を創設し、建築家の安藤忠雄氏ら専門家による選考委員が若手の才能を顕彰するなど、人材の育成にも努めている。

規格品のドアハンドル以外に、建築家が建物に合わせたオリジナル品をオーダーできる点で、他社とは違う強みを持っています。これは創業当初からの方針でしょうか?

立野氏 もともと創業者である先代が独立する際に受け継いだブランドがユニオンの始まりです。古くから付き合いがあった取引先に作ってもらったり、新しい製造工場を開拓したりしながら、オーダーで特別に作るドアハンドルを扱うようになりました。1958年の創業当時、規格品を使う建物が多かったのですが、64年の東京オリンピックに代表されるような時代の動きにも後押しされ、特に70年の大阪万博では、パビリオンのための特別な設計に合わせて、ほぼすべてのハンドルを手がけました。そこで多くの建築家や設計者と組んだことが、ユニオンという会社が一気に業界へ浸透するきっかけになりましたね。

機能一辺倒の時代にデザイン重視

規格品と建築家のオリジナル製品、どちらも特許を取得しているのですか?

新しい製品は必ず特許を取ります。海外でも可能な範囲で取得しますし、国内での意匠権は300以上。20年で権利が切れますが、毎年20~30件は新たに出願します。建築家とコラボした製品は、もちろん全く使われなくなれば継続しませんが、人によってはずっと指定してくださる方もいる。ただ、有名建築家のオリジナルハンドルでも、名前をそのまま商品名にせず、商品番号だけです。