『統計学は最強の学問である』の著者で、データ分析ツールのデータビークル(東京・港)代表取締役CPO(最高製品責任者)の西内啓氏。西内氏は、データを提示することで人々がいかに思い込みの中に生きているかを明らかにした書籍『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』をどう読んだのか、話を聞いた。

西内啓(にしうち・ひろむ)氏
データビークル 代表取締役CPO(最高製品責任者)
1981年生まれ。東京大学助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長などを経て現在多くの企業のデータ分析および分析人材の育成に携わる。2017年第10回日本統計学会出版賞を受賞

 私たちは、世界を正しく捉えられているだろうか。物事を見たいように見てしまってはいないか。現在、爆発的に売れている書籍がある。2019年1月に日本語版が発売された『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』だ。本書ではデータを提示することで、人々がいかに思い込みの中に生きているかを明らかにした。

 これは、ビジネスシーンでも同じことが言える。企業が据える「前提」が間違っていたとしたら――。統計学の第一人者であるデータビークル代表取締役CPOの西内啓氏に、ビジネスパーソンのデータとの向き合い方について聞いた。

「データ」と「経験と勘」は相反関係?

西内さんの著書『統計学は最強の学問である』でも『ファクトフルネス』でも、正しいデータを見ることと、データを正しく見ることの2つの面がある点で共通していたように思います。データ分析のプロとして、『ファクトフルネス』をどう読みましたか?

ファクトフルネスってマインドフルネスに掛かった言葉なんですよね。マインドフルネスの概念は、幸福度が高い人とそうでない人はどこが違うのかを心理学者が研究したもの。その中で、未来への不安や過去の後悔よりも、「今その瞬間」に意識を向けている人の方が幸福度が高いことが分かったんです。ということで、「柔らかい素材」「風の音がする」などと五感に神経を集中させていくことがマインドフルネス。

 これを「今ここにいる自分」から、「今ここにいる世界」へと範囲を広げていったのがファクトフルネスだと私は捉えています。さすがに五感だけでは世の中は認識できません。そこで、私たちはデータを用いることで「世の中は良くなっている」ことに意識を向けることができる。

データによるマインドフルネスですね。では、ビジネスにおけるデータの存在意義とは何でしょう?

「データ」の反対側にある概念として「経験と勘」が挙げられることがあります。私は、これらは相反するものではないと考えます。例えば、小売企業が100万人のお客さんのデータを集めたとして、ショップスタッフがどれだけ丁寧に一人ひとりを接客しても、実際に100万人を接客するなんてとうてい無理です。けれどもデータとITの力によって、その人の経験をさらに拡張できる。データは、経験を加速させる存在だと捉えています。

「データを正しく見る」を細分化して、西内さんはマクロとミクロ両方の視点で見ることを強調されていますよね。

抽象と具体のバランスは、拙著の中でもすごく意識しました。『ファクトフルネス』もそうですよね。データの話はたくさん出てくるけれども、「私の教え子であるアフリカの○○が…」という引用も同じくらい出てくる。マクロの話と個別の話があれば、人の理解は深まりやすくなると思っています。

 人間は物事を知覚するとき、五感が得意な人と抽象が得意な人に分けられるそうなんです。五感が好きな人は、時系列で「いつ・どこで・誰が・何をした」といった情報を好んだり、共感を大切にしたりします。一方、抽象が好きな人は「要するに、こうである」とまとめられると気持ちがいい。

 統計学はとにかく抽象とロジックが続くので、前者にとってはちょっとキツイ。さらに日本人は五感や共感側に分布する人のほうが多いため、多くの人に分かってほしければ、やはり具体的な何かを描いた方がいいのです。経済番組や法律番組でも、倒産したサラリーマンや詐欺にあった高齢者などのエピソードが必ず出てきますよね。

今ホットな「拡張アナリティクス」

マクロとミクロ、抽象と五感、どちらか一方に偏らないように、データをうまく活用していくことが大切ということですね。今は「データを正しく見る」を実際に事業にされていますが、データビークルのサービスについて教えていただけますか。

データ分析の人材育成や分析基盤を作る際のアドバイザーを務めて、企業のデータをお預かりするうちに「2割の仕事で8割をカバー」といった仕組みが見え始めてきました。そこで、データ分析のプロではない人たちでも、プロ並みのデータ分析ができる、夢のようなソフトウエアを作ろうとして今に至ります。

 大きく分けてデータビークルでは2つの製品を作っていて、どちらもクラウド型のSaaSです。1つは「dataDiver」。データ分析にまつわる、あらゆる面倒な作業を自動化するために作ったソフトです。

 例えば、小売企業が顧客を分析したいとき。ポイントカードから得られる顧客のID-POSデータ(誰が、いつ、何を、いくらで、いくつ買ったのか)と、複数回購入した顧客のトランザクションデータと、商品マスターくらいは多くの小売りですでに導入していると思います。大変なのはここから。この3つを合わせて分析しようとなったとき、ヒット商品を見分けたいのか、優良顧客かどうかを見極めたいかによって、処理方法がゼロから変わってくるのです。この分析作業に1週間も1カ月もかけているのが、マーケティングチームの普通でした。

dataDiverは何をしてくれるのでしょう。

ほとんどすべての工程です。データをアップロードして、経営課題を入力すれば、要素と要素の相関関係を1分もたたずに出してくれるのがdataDiver。14年にローンチした頃は、このジャンルに名前も付いていませんでしたが、18年ごろから米国のITコンサルティング企業のガートナーが「拡張アナリティクス」と呼ぶようになった。名前が付いたことで市場に浸透しやすくなったと感じています。

もう1つのサービスはどのようなものでしょうか。

もう一方は「dataFerry」といい、最近少しずつ注目され始めているデータプレパレーションと呼ばれるツールです。データを扱ったことがある人は分かると思いますが、分析前の下準備って地味に大変ですよね。「この項目のほとんどがNULLだった」とか「全角と半角がそろってない」とか。それ以前に、基幹のデータベースの運用をまるっと外注しているせいで、データを抜き出すだけで200万円といった人件費がかかることもあります。

 そんなマーケターやエンジニアの小さなイライラを簡単に解決できるのがdataFerryです。私もコツコツ分析していた頃にさんざん苦労したので、現場の人たちに見せると「これが欲しかったんです!」と即決していただけることもあります。

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