2019年初夏、台湾の台中郊外にある温泉地グーグァン(谷關)に「星のやグーグァン」が開業予定。バリ島に続き海外2拠点目となる星のやは、どのような魅力を備えるか。星野リゾートの星野佳路代表に新市場開拓について聞いた。
星野リゾート代表
──「星のや」の海外2拠点目に台湾を選んだ理由は?
星野佳路氏(以下、星野) 場所は私たちが選ぶのではなく、オーナーや投資家の方々から「この場所にホテルをつくろうと思っていますが」と運営の相談が寄せられて決まるものです。相談を受けるとまず、その土地の魅力を把握するために現地に赴きます。私は、台中もグーグァンも初めてでしたが、ここの魅力はなんと言っても豊富な源泉。日本の温泉地ではなかなか得られない湯量を堪能できるのが特徴です。そこから、星のやグーグァンのコンセプトは「温泉渓谷の楼閣」と決定しました。現在、他の諸外国でもさまざまなお話を頂いています。
──視察に行って、その土地の魅力がなかったという場所もありますか?
星野 現地の魅力を把握し、この場所に何部屋つくって、これだけの稼働を見込めるというシミュレーション結果を提示できるかどうかが重要です。魅力を感じられない場所では、いくら計算しても、「ホテルをつくった場合の利益はこの程度です」となってしまい、結果として良い契約には至りません。
魅力があっても、まだ高級ホテルというマーケットが確立していない場所では、こうした計算を立てるのが難しいことがあります。反対に、東京や京都のように既に高級ホテルマーケットがある場所は試算しやすいです。マーケットがない場所を一般の会社に調査していただいても「ここに市場はありません」という答えが返ってくるはずなので、そこが私たちの目利き力が問われるところでもあります。
台北に住む方々が年に5回旅行しているとして、そのうちの何回、グーグァンに足を運んでもらえるかと考えます。台湾の方々は日本の温泉地にも多く訪れる「温泉好き」。台湾の他の温泉地も視察しましたが、台湾には本格的な温泉旅館はあまりなく、温泉という資源を生かしきれていないという印象です。その分、台湾における高級温泉旅館のポテンシャルは高いと思っています。
──ターゲットはどうですか?
星野 今回は、台湾に住む方々に、台湾のポテンシャルを再発見していただくのが最大のミッションです。台湾から日本に来て富士山を訪れる旅行客はとても多いですが、台湾の最高峰、玉山(ぎょくさん)は高さ3952m。富士山よりも高いのに、登ったことがあるという台湾の方はあまりいないそうです。航空網が行き渡っており、中国大陸や日本に近いというのもありますが、台湾の人々はあまり台湾観光をしない傾向にあります。グーグァンを含め、台湾にも面白い場所がある、と知っていただきたいですね。
同じようなことが、日本や中国大陸、世界の人にも言えます。台湾旅行というと、台北で小籠包を食べてくるイメージが強く、台北のみを訪れるという人は多いのではないでしょうか。しかし、魅力的な場所は他にもたくさんあって、例えば、台中のナイトマーケットは世界最大。グーグァン以外の場所の魅力も伝えて、台湾内を巡ってもらえるようにしたいと考えています。
星のやグーグァンについて、個人的な目標としては、5年後には台湾の旅行客が半分、それ以外の地域からの旅行客が半分という比率にしたいと考えています。将来的には、この温泉旅館をきっかけに宿泊施設が増えたと言われたり、そのうち玉山への登山がポピュラーになっていたりするとうれしく感じます。
グーグァンは、台北からも台中からもかなり離れていて、東京から軽井沢に行くよりも遠い感覚。来ていただくためには工夫が必要ですが、何よりも大切なのは、グーグァンという場所にしっかりとしたサービスを伴った温泉旅館をつくること。そうすれば、台湾から飛行機で日本に来なくても、質の高い宿泊滞在を体験できるようになります。世界的に見ても、飛行場もたくさんあってこれほど大きなポテンシャルが眠っている場所はあまりないと思います。
──星のやグーグァンのハードウエアはどうですか?
星野 湯量が豊富であることを感じていただけるような仕掛けをしています。建物全体としては、庭に運河が流れ、スパは水に浮いているような造りです。客室では、それぞれの部屋に大浴場があったら面白いと考えて、全客室に源泉かけ流しの大きな浴場を備えています。各客室にこうしたスペースと湯量を割けるのはグーグァンならではの魅力です。客室内にありながら、まるで湯小屋に行くかのように温泉を楽しめる浴場は、日本の旅館にある客室露天風呂の概念を大きく超えています。
この浴場は、風が抜けていくように窓を両側に開口させています。露天風呂に入るのは、真冬の北海道や東北といった寒いところが最適です。台湾の人々が日本の温泉に来る理由に、そうした要素も含まれているのではないでしょうか。もともと温暖な台湾では、風を感じながら入浴することで、温泉をより楽しむことができると考えています。
──ソフトウエアはどうですか?
星野 温泉旅館の大原則は、質の高いお部屋と食事、そしてサービスを提供できるスタッフがいることです。こうした基本を高品質に提供する以外に、あまり手を広げようとは考えていません。というのも、グーグァンで私たちが望む人材を集めるのは大変なことで、スタッフを多く確保するような運営は向いていないと判断しています。少数精鋭でできる運営にとどめることが重要です。
最近まで、海外からの訪日客に占める台湾のシェアは最も多く、私たちにとって大切なお客様です。特に2003年から04年にかけての「星野リゾート トマム」の再生は、台湾からの集客が大きな鍵を握っていました。そういった経緯もあり、台湾には既に我々のネットワークがあって、現地の旅行会社のスタッフが営業面や構想面などで、今回のプロジェクトに関わっています。そういう意味では、地元感、土地勘があります。まずは優秀な人材を集め、しっかりしたサービスを提供できる体制づくりに力を集中すれば「素晴らしい温泉リゾートが完成した」という口コミが台湾内外で広がり、それがお客様を呼ぶという良い循環が生まれると思っています。
星野リゾートはデフレの時代に成長してきた
──ここ数年、日本の観光業は好調に見えますが、東京オリンピック以降はどうなると思いますか?
星野 東京・大阪は、供給が過剰気味になる可能性があると思っています。日本国内の旅行消費は約27兆円で、そのうち20兆円以上は日本人による国内観光。地方の観光地に関して言えば、オリンピックよりも25年以降、団塊の世代が後期高齢者となって旅行頻度が落ち始めるとマイナスの影響が大きく出てくるでしょう。
しかし、私が1991年に社長に就任して以来、星野リゾートはずっとデフレの時代に成長してきました。むしろ需要が多かったという経験をしたことがありません。需要が多く、黙っていても人々が来てくださるときは、私たちのような運営会社には活躍のしどころがなく、供給過多になったときこそ本領が発揮できると思います。
──少子高齢化が進み、働く人材を確保できない時代がやってきます。
星野 そういう時代だからこそ、私たちが活躍できる場が増えるのです。生産性を高める仕組みを導入して収益率を高くし、職場環境を整えます。そうすることでスタッフの給与レベルを上げることができます。目標は、日本の産業界全体と比べても劣らないレベルです。観光産業以外の日本の一流企業に並ぶ職場環境と給与レベルを提供できるかが勝負です。そこを目指していけば、働く人材が足りない時代でも質の高い運営を提供するという、星野リゾートらしい活躍ができるはずです。人材が足りないときこそ私たちにとってはチャンスで、オーナーが募集広告を出して人を集められるなら、運営会社に頼む必要はありません。
──台湾でやってみたいことは?
星野 台湾ではスキーができないと皆さん言いますが、玉山は標高4000m近い。グーグルマップで見てみたら、やはり雪がありますよね。年間60日スキーを目指している私自身のモチベーションとしては、絶対に行ってみたいと思っています。ただ、現地の雪山のガイドを探しているのですが、需要がないからか、なかなか見つからないのです。先に日本の山好きの方々に行っていただいて、その方のガイドで滑ってみたいですね。
(写真提供/星野リゾート)