セイコーウオッチは、ラグジュアリーウオッチ市場を勝ち抜くため、デザイン経営へ舵を切る。2018年に初出展したミラノサローネで、独自機構「スプリングドライブ」をアピールして反響を呼び、手応えをつかんだ。
セイコーウオッチ 社長兼COO兼CMO
──2018年4月のミラノサローネ(以下、サローネ)に御社としては初めて出展して、好評だったそうですね。
高橋修司氏(以下、高橋) 時計業界の大規模な見本市に、バーゼルワールドがあります。この見本市に1986年から出展を続けています。世界中の時計メーカーがそこで新商品を発表するのですが、アピールできる範囲は、メディアも含め時計業界関係者にとどまります。さらに広く訴求するには、別の方法での発信が必要だと考え、サローネに出展することにしました。
サローネには、ファッションや自動車、家電、インテリアなど世界各国の有力ブランドが集まる他、商品をただ見せるのではなく、コンセプチュアルな展示が多いと聞いていました。そのなかで、腕時計のブランドとしてどこまでアピールできるかと半信半疑だったのですが、とにかく、我々がものづくりを通して継承してきた日本ならではの感性価値を世界に発信しようと思っていました。
──会場で展示をご覧になっていかがでしたか。
高橋 大変なにぎわいで、来展者は、6日間で合計3万3000人に達しました。私がいた時間帯にも、入場待ちの行列ができたり、他業界の出展者が評判を聞いて、足を運んでくれたりしたこともあり、大きな手応えを感じました。
ラグジュアリーウオッチ市場では、世界の有名ブランドが個性を競い合っています。我々は、日本の特性や個性をブランドのバックボーンとして打ち出すことが、市場で勝ち抜く条件だと思っています。今回の展示でも、時計をただ並べるのではなく、他社がまねできない独自機構である「スプリングドライブ」を、感性的に表現することを大切にしました。
スプリングドライブは、ぜんまい駆動の機械式でありながらクオーツの高精度を実現した機構で、秒針が滑らかに動く点に特徴があります。この動きには時間に対する日本特有の考え方や世界観に通じるものがあると思っています。こうした発想をベースに吉泉聡氏と阿部伸吾氏に展示を製作してもらいました。おかげで、地元紙に好意的に取り上げられた他、国内のデザイン賞を受賞するなど、期待以上の成果を上げることができました。
──サローネとその後の東京・青山での凱旋展示を通して、若い人にグランドセイコーをアピールする良い機会になったのではないでしょうか。
高橋 バーゼルワールドに比べて、サローネの来場者は圧倒的に若く、女性も多かったです。そして出展者も来場者も異業種の方がほとんどなので、とても刺激を受けたし、視野も広がりました。
若い人へのアプローチは、時計業界全体の課題です。携帯電話機やスマートフォンなどのモバイル機器は、時刻を表示する機能を備えています。時刻を知るための道具は腕時計の代替品がいくらでも手に入る状況です。そのため、腕時計は自己表現のツールとして、ファッションやジュエリーのような趣味的な側面が強くなっています。高級品になるほど、そうした傾向が顕著です。このような状況で、腕時計にとって重要なのは機能よりも、ブランドアイデンティティーです。我々は日本のメーカーとして、ラグジュアリー市場で存在感を発揮するため、商品開発でも日本ならではのものづくりやデザインを強く打ち出しています。
例えば、グランドセイコーの金属部品の表面は、職人が一つひとつ手作業で磨いています。また、文字盤に雪原をイメージした繊細な地模様を施したモデルがあります。機械式時計のブランド「プレザージュ」からは、文字盤を漆の白檀塗りで仕上げたモデルを2018年12月8日に発売しました。文字盤に七宝やほうろうを使ったモデルもあります。
これらの商品が、スイスの有名ブランドの商品と海外のショーウインドーに並んでいると、デザインの細部が醸し出す雰囲気によって、違いがはっきり分かります。国内にいるとなかなか気づきませんが、グローバル市場ではそれが個性になるのです。そして、日本の匠の技や伝統工芸の技術の背景について説明すると、海外のお客様は高く評価してくれます。技術や素材、それが生まれた歴史を含めて伝えてきたことで、ブランド価値が高まっていると感じています。この活動を今後も継続していきます。
──腕時計の役割が変わったことで、デザイナーの仕事の仕方も変わると思いますか。
高橋 これまでは、どちらかと言えば、機能が主で、デザインが従という位置付けでした。腕時計は精密機械なので、まず中身の機械を作ってから、外装をデザインするという仕事の流れです。
今は、消費者がデザインやブランドを軸に商品を選びます。つまり機能よりも感性価値が重要になっているのです。これまでのやり方では、デザインの幅を狭めることになりかねません。だから、市場や消費者を見て、デザインをまず考え、そのデザインに対して、機能などの要素を加えていくという順番に変えていく必要があると考えています。
アップルのスティーブ・ジョブズは、iPhoneの筐体にエレガントな形状を採用しました。あの形状は、生産時の型抜きがやりにくいので、エンジニアの力が強かったら実現しなかったはずです。ジョブズが生産効率よりもデザインを優先する姿勢に感銘を受けました。コストや生産効率の問題があっても、理想のデザインを維持しながら、それを解決していく。右か左で迷ったら、デザインを選ぶことこそが、デザイン経営だと思います。
我々を含め、これまでの日本の企業は、コストや機能を優先してきました。その結果、金太郎あめのような製品が市場にあふれています。今後のグローバル市場で、このようなやり方をしていても勝てないことははっきりしています。我々もデザイン経営と胸を張って言えるところまで少しでも早く到達したいと思います。
(写真提供/セイコーウオッチ)