──サローネとその後の東京・青山での凱旋展示を通して、若い人にグランドセイコーをアピールする良い機会になったのではないでしょうか。

高橋 バーゼルワールドに比べて、サローネの来場者は圧倒的に若く、女性も多かったです。そして出展者も来場者も異業種の方がほとんどなので、とても刺激を受けたし、視野も広がりました。

 若い人へのアプローチは、時計業界全体の課題です。携帯電話機やスマートフォンなどのモバイル機器は、時刻を表示する機能を備えています。時刻を知るための道具は腕時計の代替品がいくらでも手に入る状況です。そのため、腕時計は自己表現のツールとして、ファッションやジュエリーのような趣味的な側面が強くなっています。高級品になるほど、そうした傾向が顕著です。このような状況で、腕時計にとって重要なのは機能よりも、ブランドアイデンティティーです。我々は日本のメーカーとして、ラグジュアリー市場で存在感を発揮するため、商品開発でも日本ならではのものづくりやデザインを強く打ち出しています。

 例えば、グランドセイコーの金属部品の表面は、職人が一つひとつ手作業で磨いています。また、文字盤に雪原をイメージした繊細な地模様を施したモデルがあります。機械式時計のブランド「プレザージュ」からは、文字盤を漆の白檀塗りで仕上げたモデルを2018年12月8日に発売しました。文字盤に七宝やほうろうを使ったモデルもあります。

 これらの商品が、スイスの有名ブランドの商品と海外のショーウインドーに並んでいると、デザインの細部が醸し出す雰囲気によって、違いがはっきり分かります。国内にいるとなかなか気づきませんが、グローバル市場ではそれが個性になるのです。そして、日本の匠の技や伝統工芸の技術の背景について説明すると、海外のお客様は高く評価してくれます。技術や素材、それが生まれた歴史を含めて伝えてきたことで、ブランド価値が高まっていると感じています。この活動を今後も継続していきます。

「グランドセイコー SBGA211」。文字盤の表面に雪原をイメージした文様が施されている
「グランドセイコー SBGA211」。文字盤の表面に雪原をイメージした文様が施されている
18年12月8日に発売した「プレザージュ プレステージライン 漆・白檀塗 限定モデル」。文字盤のサブダイヤル部分を漆の白檀塗りで仕上げた
18年12月8日に発売した「プレザージュ プレステージライン 漆・白檀塗 限定モデル」。文字盤のサブダイヤル部分を漆の白檀塗りで仕上げた

──腕時計の役割が変わったことで、デザイナーの仕事の仕方も変わると思いますか。

高橋 これまでは、どちらかと言えば、機能が主で、デザインが従という位置付けでした。腕時計は精密機械なので、まず中身の機械を作ってから、外装をデザインするという仕事の流れです。

 今は、消費者がデザインやブランドを軸に商品を選びます。つまり機能よりも感性価値が重要になっているのです。これまでのやり方では、デザインの幅を狭めることになりかねません。だから、市場や消費者を見て、デザインをまず考え、そのデザインに対して、機能などの要素を加えていくという順番に変えていく必要があると考えています。

 アップルのスティーブ・ジョブズは、iPhoneの筐体にエレガントな形状を採用しました。あの形状は、生産時の型抜きがやりにくいので、エンジニアの力が強かったら実現しなかったはずです。ジョブズが生産効率よりもデザインを優先する姿勢に感銘を受けました。コストや生産効率の問題があっても、理想のデザインを維持しながら、それを解決していく。右か左で迷ったら、デザインを選ぶことこそが、デザイン経営だと思います。

 我々を含め、これまでの日本の企業は、コストや機能を優先してきました。その結果、金太郎あめのような製品が市場にあふれています。今後のグローバル市場で、このようなやり方をしていても勝てないことははっきりしています。我々もデザイン経営と胸を張って言えるところまで少しでも早く到達したいと思います。

(写真提供/セイコーウオッチ)