工芸の世界のイノベーター、中川政七商店の十三代・中川政七氏が同社の第一線から退き、スポーツビジネスに挑戦する。2018年11月26日、JFLの奈良クラブの社長に就任することを電撃発表した。中川政七商店を継ぎ、急成長させた中川氏が、新しいビジョンとブランディングで、サッカークラブの経営を変える。

中川政七商店(奈良市)は1716年創業の老舗だが、その十三代・中川政七氏が継いでから、工芸を生かした生活雑貨の企画販売で急成長を遂げている。その中川氏が2018年3月に社長から会長に退いたのは、実は今回の奈良クラブ 社長就任への準備のためでもあった。もともとサッカーが好きで、奈良クラブのスポンサーでもあったが、工芸の世界からスポーツビジネスへの転身は周囲を驚かせた。経営とデザイン、ブランディングに精通した中川氏が、新たなフィールドで何を仕掛けようとしているのか。同クラブのクリエイティブディレクターに就任する幅允孝氏と共にその真意を聞いた。
なぜ奈良クラブの社長に?
中川 僕はもともと中川政七商店で「日本の工芸を元気にする!」という目標を掲げてきて、それには産業観光がキーになると言ってきました。16年の中川政七襲名披露のときにも、これから10年は奈良の地域おこしに力を入れますと宣言したんですが、奈良という街のブランディングを真剣に考えるようになってきたんです。

中川政七商店 会長
奈良はそもそも放っておいても観光客がたくさん来ます。しかし、歴史遺産と鹿を除いて他に良質なコンテンツがどれだけあるかというと、実はあまりない。結局、地域に人が来てくれるのは良いコンテンツがあるから。良いコンテンツをもっと増やすことが奈良のブランディングにつながると考えています。
地域ブランディングというと、田舎には良いものがいっぱいあるのに、それが伝わらない――つまりコミュニケーションの問題だと考えがちですが、本当の問題は良いコンテンツがないことなんです。
もう一つ、最近、教育ということにものすごく興味が出てきたんです。例えば、中川政七商店にもデザイナーがいるわけですが、伸びる人とそうじゃない人がいる。伸びないのはなぜかと考えると、「学びの型」がないからだと思う。学びの型とはどういうことかというと、例えば“現状把握”。自分が今、どの位置にいて、何が足りないかを知ることから始まるわけです。
次に、例えば“体系化”。1から100までたくさん覚えなければいけないとして、バラバラに勉強していたら、何が足りないのかを知ることすら、ものすごく時間がかかる。でも、「これらは3つのグループに大別できますよ」「それぞれのグループにはこういう要素がありますよ」と体系化してあげると、学ぶ側からすると効率が全然違ってきますよね。他にもいろいろありますが、現状把握や体系化が僕の言う学びの型です。
僕は『経営とデザインの幸せな関係』(日経BP社刊)という書籍で、ものづくりの基本をまとめたことがあるんですが、それを“授業”という形で全国でいろいろな人たちに伝えています。簡単にいうと経営にも型がある、ブランディングにも型があるという内容です。たかだか奈良の中小企業でちょっとうまくいっただけの人間が教育を語るのはおこがましいかもしれません。でもやはり教育にも型はあると思っているので、それを証明する意味でも、何か違う職業に就いてみたい、と思っていて…。中川政七商店もある程度めどがついたので、転職しようと。それで奈良クラブの経営を引き受けることにしました。
奈良のブランディング、そして教育――その帰結点が奈良クラブだったわけです。
工芸とサッカー、全く違うジャンルですが。
中川 経営という意味では同じですから、やれると思います。サッカーの良さは間口が広いところですよね。「工芸」と言って反応してくれるのは10人に1人でしょうが、「サッカー」なら5人は興味を持ってくれる。
まずは奈良クラブのビジョンから見直しました。新しいビジョンは「サッカーを変える 人を変える 奈良を変える」です。「変える」がポイントなんです。変わるためには、変わったときの姿を習得しないといけないから、これはつまり学び。また、変わるには勇気が必要です。変わるということは、みんな怖い。変わるための学びと勇気を体現していくクラブになりたいと思っています。
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