「利便性を追求して最適化を図っていくのがデジタルの役割だが、いいことずくめというわけでもない」という博報堂ケトルの嶋浩一郎氏。「人間は合理的で最適化されたものを有用と捉える一方、非合理的で最適化されていないものに魅力を感じる。“コンビニエント=ラブ”ではない」

 本連載は、「この人の『勘』や『感』の見方を知りたい!」と思った方にお会いし、仕事に「勘」や「感」は必要なのか、そして、どのように磨けばいいのかについて、失敗談も含めて聞いていくものです。それも、難しい書き言葉ではなく、分かりやすい話し言葉で。読者の皆さんにとって、未来に向けたヒントになれば幸いです。

 今回は前回に続いて、博報堂ケトルの嶋浩一郎さんにご登場いただきます。嶋さんは、“ブランド”にまつわる数々のプロジェクトを手がけながら、カルチャー誌「ケトル」の編集長、下北沢の本屋「B&B」の運営など、多面的な活動を展開しています。

 前編では、新型コロナウイルス問題によってessential(不可欠)なもの とnot essentialなものの選別が行われ、生活者の本質的な価値に根差した厳しい選択が進みつつあること。マーケティングの分野で、ここ数年注目されてきたブランドパーパスの動きが加速され、企業が本質的な存在意義を問われていること。注目すべきはPR=Public Relationsで、“第三者を巻き込んで新しい合意形成を図る”という本来的な意味での戦略が重視されることなどについて伺いました。

 後編は暮らしにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中、デジタルとリアルそれぞれの価値がどのように変わっていくかについて聞いてみました。

博報堂執行役員兼博報堂ケトル取締役・クリエイティブディレクターの嶋浩一郎氏。1993年、博報堂入社。2002~04年に「広告」(博報堂刊)編集長を務め、04年に「本屋大賞」創設に参画。06年に博報堂ケトルを立ち上げ、メディアや方法論にとらわれない「統合コミュニケーション」を実践。雑誌「ケトル」の編集などコンテンツ事業も手がける。主な著書に『欲望する「ことば」~「社会記号」とマーケティング』など。カンヌクリエイティビティフェスティバル、ACC賞など多くの広告賞で審査員も務める
博報堂執行役員兼博報堂ケトル取締役・クリエイティブディレクターの嶋浩一郎氏。1993年、博報堂入社。2002~04年に「広告」(博報堂刊)編集長を務め、04年に「本屋大賞」創設に参画。06年に博報堂ケトルを立ち上げ、メディアや方法論にとらわれない「統合コミュニケーション」を実践。雑誌「ケトル」の編集などコンテンツ事業も手がける。主な著書に『欲望する「ことば」~「社会記号」とマーケティング』など。カンヌクリエイティビティフェスティバル、ACC賞など多くの広告賞で審査員も務める

川島 前編の最後のパートは、DXによって人を取り巻くあらゆるものが、情報提供、消費体験、決済やデータ収集の場となっていくというお話でした。

 従来であればCMや記事で商品情報を知って、ネットで調べて、お店で商品を購入するみたいな一連のプロセスがあったわけですが、これがDXによって一気に短縮化されるのです。例えば、洗面台の鏡の前に立つと、その日の肌状態に合ったお手入れやメークの情報を受けられるし、お薦めの商品を購入することもできる。企業にとってはユーザーのさまざまな情報を得ることができる。今までの経済活動のプロセス全体が、洗面台の鏡に収れんされていくのです。大きな転換期になることは間違いないと見ています。

川島 デジタル化が進んで、新しい生活様式になっていくのでしょうね。そうなると、リアルの価値はどうなっていくのでしょうか。

 利便性を追求して最適化を図っていくのがデジタルの担う役割ですが、便利でいいことずくめかというと、そうでもないところがマーケターの課題だと思うんです。

川島 今までのマーケティング、もっと言えば企業活動の多くは、利便性や機能性を追求し、効率化を図って利益を拡大する方向。言い換えれば「最適化至上主義」みたいな一面があったと思います。

 最適化が間違っているのではなく、最適化が必ずしも人にとって気持ちがいいことにならないこともあるんです。人間という動物は合理的で最適化されたものを有用と捉える一方、非合理的で最適化されていないものに魅力を感じる。つまり利便性と愛着はイコールではない、“コンビニエント=ラブ”ではないのです。

川島 人が愛着を抱く、つまり“ラブ”になるとは、どういうことなのでしょうか。

 僕が運営している本屋「B&B」を例に挙げてみましょう。リアルな本屋には、思いもかけない出合いがあります。料理の本の隣に歴史の本があって、その隣に野球の本がある。ガーデニングの本の先に宇宙開発の本がある。たった10分過ごすだけで、シャワーのように情報を浴びることができるのです。そして、つい隣の本を手に取ってパラパラめくってみたら面白そう。買って読んでみようとなるわけですが、こういう出合いや体験はネットではなかなか難しい。

川島 ネット販売のリコメンドは、その人の嗜好の延長線上でなされるから、“思いもかけない”につながっていかないですよね。

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