銀座で高層ビルの計画が持ち上がったとき、シャネル日本法人会長のリシャール・コラス氏は「CHANEL N°5」のボトルを六本木ヒルズの形にし、「もしN°5のスケール感がこうなったら、シャネルの文化は生きていけるのでしょうか」と投げかけたそうです。
本連載は、「この人の『勘』や『感』の見方を知りたい!」と思った方にお会いし、仕事に「勘」や「感」は必要なのか、そして、どのように磨けばいいのかについて、失敗談を含めて聞いていくものです。それも、難しい書き言葉ではなく、分かりやすい話し言葉で。読者の皆さんにとって、未来に向けたヒントになれば幸いです。
今回は4回にわたったシャネル日本法人会長のリシャール・コラスさんとの対談の最終回です(第1回はこちら)。コラスさんは、シャネルの日本法人の会長職を務めるとともに、本社のトラベル・リテール事業の責任者として、スイスのジュネーブに拠点を置きながら、日本を頻繁に訪れる多忙な日々を送っています。
前回は、コラスさんがシャネルで最初に担当した香水・化粧品分野において、従来の枠組みを破る提案を百貨店に行い、売り場を広げていったエピソードを伺いました。既成概念にとらわれることなく顧客の視点に立ち、何が求められているかを考え抜く。そのうえでジャンプした提案を行い、ハードルを越えていくお話が痛快でした。
一方で、“感じたこと”を率直に伝え、人と向き合って心を動かしていくコラスさんのキャラクターが魅力的。大胆で繊細、潔くこだわりを貫く――。相反する要素が同居しているお人柄が、事をなしていくのだと感じ入りました。
最終回である今回は、これからのブランドに求められることや、コラスさんの作家活動などについて聞いています。
川島 前回はシャネルが百貨店の売り場を拡大していく、血沸き肉躍るストーリーでした。
コラス NHKで番組を作ったことも忘れられない出来事でした。2003年のことですが、何度も再放送されるなど、今でも評価の高い作品に関わらせてもらったのです。始まりは、NHKからの依頼で、染色家の吉岡幸雄さんの番組を制作するにあたり、ナビゲーターを務めてもらえないかという話でした。私は最初、断ったのです。
川島 なぜですか。吉岡さんと言えば、日本古来の染色法による古代色の復元をはじめ、世界に名をはせる染色の大家。コラスさんは日本文化への造詣が深いから、そういう依頼が来るのも分かります。
コラス 私の仕事は、シャネルという会社で責任をまっとうすることで、ナビゲーターではないですから。ただ、その話を受けて「こんなことができたら」というアイデアが湧いてきたのです。本社のメークアップクリエイターが吉岡さんのアトリエを訪ね、日本独自の色を探求するというストーリーなら面白いのではないかと。
川島 NHKですから、企業やブランド名は伏せてということですよね。
コラス 匿名では意味がないので、そこにはこだわりました。シャネルは日本の文化をとてもリスペクトしているので、それを表現する良いチャンスになると思ったのです。それで、「シャネルはブランドというよりフランスの文化」と主張し、ついにNHKが納得したのです。シャネルのインターナショナル メークアップ クリエイション ディレクターであるドミニク・モンクルトワが京都を訪ね、紅花(ベニバナ)と蘇方(スオウ)という日本古来の「赤」に着目し、口紅を開発するというストーリーで、「赤とrouge(ルージュ)~日本とフランス 色の出会い~」という番組になりました。
川島 日本とフランス、ともに長い歴史を持った文化の担い手が、互いを尊重しながら、違いを生かしてものを作り上げていく経緯は刺激的な内容に違いないと想像が及びます。大成功ですね。
コラス いや、それだけではビジネスにつながりません。だから、新たに口紅を3色作り、日本だけで販売したのですが、これがあっという間に完売してしまう人気ぶりでした。
川島 それ自体が大きなPRになったわけですから、さすがです! コラスさんの発想がプロジェクトを生み出し、引っぱっていったのだと思います。アイデアと実行力はやはり大事ですね。
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