2017年と18年、ルミネはシンガポールとジャカルタに相次いで出店した。なぜ今アジアに進出するのか。その裏には仕掛け人である新井良亮相談役の大きな危機感があった。
本連載は、「この人の『勘』や『感』の見方を知りたい!」と思った方にお会いし、仕事に「勘」や「感」は必要なのか、どのように磨けばいいのかについて、成功談も失敗談も含めて聞いていくものです。それも、難しい書き言葉ではなく、分かりやすい話し言葉で。読者の皆さんにとって、未来に向けたヒントになれば幸いです。
今回は、ルミネの相談役である新井良亮さんにご登場いただきます。JR東日本の副社長を務めた後、ルミネの社長から会長を経て相談役に。新しい施策を次々に打ち出し、ルミネの業容を広げてきました。新宿駅南口にある「ニュウマン」もその一つ。「ルミネ」とは異なる小売業態として世に出したもので、2020年の横浜駅での大規模出店もすでに決まっています。
また、17年にシンガポール、18年にはインドネシアのジャカルタで、日本ブランドをセレクト展開した「ルミネ」ショップを開きました。多くの小売業がアジア出店を控えたり、撤退を図ったりしている中、あえてルミネは打って出たのです。しかも、若手社員に権限を与え、そういったことを任せてやらせるのが新井さん。現状に甘んずることなく、仕事を通して自分を鍛えていくこと、磨いていくことが、結果的に企業を強くし、人を輝かせるという信条は、JR東日本時代からブレるところがありません。その「勘」と「感」のあり方について聞いてみました。
グローバルで考えれば、日本の小売りはそう悲観的でもない
川島 最初からずばり本題から入ります。いつから「ルミネ」をアジアに出そうと考えていたのですか。
新井 ルミネに来た初期のころですから、かれこれ5年くらい前のことです。
川島 どういうことから、アジアと思われたのでしょう。
新井 理由はいくつかありました。まず、日本のファッション業界が成熟しきっていて、国内だけ見ていても煮詰まるばかりと感じたのです。うちの取引先である多くのアパレル企業も含め、もっともっと海外を視野に入れた戦略を展開していなければならないと感じました。
川島 ここ数年、百貨店や量販店などこれまで日本の小売業界をけん引してきた業態が、ネットビジネスやファストファッション、ラグジュアリーブランドに比べて精彩を欠いていると感じます。
新井 国内だけ見ているからネガティブな目線になるわけで、そう悲観的になることもないのです。これからは、真の意味でのグローバル化が始まる時代。70年代から80年代にかけて日本のファッション業界はアジアに次々と進出し、かなり伸ばしていたわけですから、まだまだやれることはあるのではないでしょうか。それが企業の持続的成長につながって、今日を迎えているのではと思っています。
川島 ルミネとしては初の海外進出で、失礼をあえて承知で言えば、半分素人的な企業がアジア出店して頑張っている。新井さんだからできる大胆な決断力を感じました。
新井 社内外で反対の声もあったのですが、「今なら」という勘どころと理由があったのです。例えば、ぐんぐん成長しているアジアマーケットの人たちとルミネの若手が連携し、新しいものを作り上げることは意味のあること。日本のファッションはアジアにおいて少し先を行っているわけですから、その知恵や技術をシェアすることで、社会的で国際的な責任を果たすことにもつながっていくのではないかと。