日本各地のアパレル工場と一緒にものづくりに取り組んで販売する「ファクトリエ」代表の山田敏夫氏。「メイド・イン・ジャパンの良さを伝えていくことはものすごく大事なことだが、正義を押し付けてはいけない」という。

ファクトリエ代表の山田敏夫氏(右)は1982年、熊本の老舗洋品店に生まれた。2012年にライフスタイルアクセントを設立し、「ファクトリエ」を開始
ファクトリエ代表の山田敏夫氏(右)は1982年、熊本の老舗洋品店に生まれた。2012年にライフスタイルアクセントを設立し、「ファクトリエ」を開始
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 本連載は、「この人の『勘』や『感』の見方を知りたい!」と思った方にお会いし、仕事に「勘」や「感」は必要なのか。そして、どのように磨けばいいのかについて、成功談も失敗談も含めて聞いていくものです。それも、難しい書き言葉ではなく、分かりやすい話し言葉で。読者の皆さんにとって、未来に向けたヒントになれば幸いです。

 今回はファクトリエ代表を務める山田敏夫さんとの対談(全3回)の最終回です。アジア勢に押されて激減する日本各地のアパレル工場の高い技術力を「伝える」ことで、何とか存続を図っていきたい。そのために、工場と一緒にものづくりに取り組んで販売するメイド・イン・ジャパンの工場直結ブランド「ファクトリエ」を立ち上げた人物です。

 前回「『汚れにくい白デニム』開発の舞台裏 地方工場の技術をブランドに」では、工場の「独自技術のリブランディング」を行っていること、新しい素材開発を一緒に手掛けて成功事例が出てきていること、短期的なヒット商品より長く愛されるロングセラーをつくることが大事という話を伺いました。今回はいよいよ、山田さんの「勘」や「感」の磨き方について聞いてみました。

正しいことより楽しいことを

川島 山田さんのお仕事は、ファッション業界の工場を生かしていくこと。そのために全国を行脚し、工場と一緒にものづくりを行い、商品を顧客に届けていく。しかも本人はイケメンで熱血漢です!(笑) 失礼を承知であえて言うと、非の打ちどころがない美談になりかねないと思うのです。

山田 美談なんてとんでもない。地道に愚直に目の前のことをやっているだけで、泥臭い仕事の連続だし、まだまだと思っています。

川島 山田さんとは長いご縁ですから、私はそうじゃないと分かっています。世に名前が出てもおごるところがみじんもない。そこも含めて尊敬しています(笑)。

山田 いえいえ、恐縮です。でも僕は最近、仕事って正しさだけじゃなくて、楽しさということが大事だと思い始めているのです。

川島 えっ、楽しさですか。ファクトリエの持っている、良い意味での真面目なイメージと少し違いますが。

山田 メイド・イン・ジャパンの良さを伝えていくことはものすごく大事なことですが、正義を押し付けてはいけないと思うのです。

川島 確かにファクトリエ的な仕事は、国内生産は良くて海外生産は悪いとか、丁寧な少量生産は良くて大規模な大量生産は悪い。そういう二項対立の議論になりがちなところです。

山田 正義を振りかざすことがお客さまにとってメリットになるかというと、そうではありません。例えば「ずっときれいなコットンパンツ」の場合、僕が川島さんの目の前で、しょうゆをデニムにたらして拭ったとき、面白がってくれましたよね。その楽しい気分は、お客さまだけでなく開発を続けた僕たちの中にもありました。そういう楽しさをもっとつくっていくことも、僕たちの大事な役割だと思うようになったのです。

僕は「やらないリスク」の方が怖い

川島 現在やっている楽しいことは、どんなことですか。

山田 これから仕掛けようとしているのは、“蚊が寄ってこない”商品です。

川島 それもまた面白そうで、顧客が喜ぶ商品です。でもどうやって開発したのですか。

山田 繊維の中に、蚊が嫌いな成分を入れ込んだのです。ある工場と一緒にやっているのですが、技術自体は以前からあったもので、それを徹底して改良しているところです。

川島 山田さんは、ある意味で新しい道を切り開いてこられた方です。何か新しいことをやるときに、失敗は怖くないのですか。

山田 何かをやるときに、例えば20回やって失敗しても、21回目に成功することもあるわけです。それなら早く失敗するほうがいいというのが僕の考え。何か決めるときに、必ず「やるリスク」と「やらないリスク」を測ることにしています。僕にとって怖いのは、実は「やるリスク」より「やらないリスク」のほう。つまり「あのときにやっておけばよかった」と後悔してしまうリスクなのです。取り返しがつかないことですから。

川島 とは言っても、「やるリスク」の怖さもあるわけです。

山田 「行動することで生まれるリスク」と「行動しないことで生まれる機会損失とリスク」と言い換えると良いのかもしれません。「やってダメだったらどんな損失が生まれるのか」について、数字を算出してみたり、デメリットを具体的に挙げてみたりすると、案外、恐怖心は消えるものです。

川島 漠然とした不安や心配から「やめておこう」ではなく、具体的なレベルで考えてみるということですね。

山田 例えば、ファクトリエが会社としてダメになったら僕は多額の借金を背負うことになりますが、それは僕がおじいさんになるまで昼の仕事と夜のアルバイトをやっていけば、返せない金額ではないとか。

川島 ものすごく具体的(笑)。

山田 つまり、数字を見極めていけば、新しいことが抱えているリスクに冷静に向き合うことができるのです。

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朝礼で社員が自分の感性をどう磨いたかを発表

川島 この連載のテーマは「経営に『勘』と『感』は必要か」なのですが、山田さんはどう思われますか。

山田 うちの会社では、毎週月曜日の朝9時から、社員がそれぞれ、この1週間で自分の感性をどう磨いたかを、皆に向けて発表することにしています。映画でも美術館でもお芝居でもいいし、それに限らずどういう分野のことでもいいのです。

川島 高尚な文化論でなく、あくまで自分流でいいとなると、気楽にできそうな気もします。

山田 それと毎朝11時に行う朝礼のときに、「GOOD&NEW」というテーマのもと、自分が感じた新しいことやいいと思ったものについて話すことにしています。みんなが発言することありきにしているので、自分たちから話すようになってきました。これからAI(人工知能)が発達していっても、感性や創造性をつかさどる前頭葉の部分はまだ人間に及ばないと言われています。だからこそ、僕らは磨いていかないといけないと思うのです。

川島 社長が一方的に規則をつくるのではなく、社員と一緒になって磨いていくところがいいですね。

山田 僕らがやってきたこと、やろうとしていることは前例がないので、今までの常識が通用しないのです。だからこそ「勘」や「感」を働かせなければ、やっていくことができないのです。

川島 そうやって磨き続けた先のゴールを、どんなところに置いているのですか。

山田 ファクトリエを始めたときからまったく変わっていません。「メイド・イン・ジャパンの世界ブランドをつくること」です。今、インターネットで「メイド・イン・ジャパン」「ファッション」で検索すると、ファクトリエが最初に出てくるようになりました。

川島 すごいですね。

山田 ただ本来の目標を達成するためには、まだやることがたくさんあります。それは一人だけでできることでもないし、仲間うちのなれ合いのようになってもいけないのです。工場であっても、社員であっても、お客さまであっても、良い意味で緊張感を持ちながら、切磋琢磨(せっさたくま)を続けていくこと。そうすればいずれ「メイド・イン・ジャパンの世界ブランド」ができていくと信じています。

川島 相変わらずブレるところがまったくない“山田節”が健在なことが、よく分かりました。これからも勝手にエールを送り続けようと思います。

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(写真/鈴木愛子)