本連載は、「この人の『勘』や『感』の見方を知りたい!」と思った方にお会いし、仕事に勘や感は必要なのか。そして、どのように磨けばいいのかについて、成功談も失敗談も含めて聞いていくものです。それも、難しい書き言葉ではなく、分かりやすい話し言葉で。読者の皆さんにとって、未来に向けたヒントになれば幸いです。

黒川光博社長は虎屋の17代目。「大切なのは、過去でも未来でもなく、今、この時」を持論とする経営者。学習院大学を卒業して虎屋に入社、1991年に父親から会社を引き継ぐ。全国和菓子協会名誉会長、一般社団法人日本専門店協会顧問
黒川光博社長は虎屋の17代目。「大切なのは、過去でも未来でもなく、今、この時」を持論とする経営者。学習院大学を卒業して虎屋に入社、1991年に父親から会社を引き継ぐ。全国和菓子協会名誉会長、一般社団法人日本専門店協会顧問

 今回は虎屋の社長である黒川光博さんとの対談の3回目です。前回は新装オープンしたばかりの赤坂店を作り上げていく過程で、関わった人たちのプロとしての仕事ぶりに触発され、虎屋もプロの職人技を磨き続けることが肝要と感じたこと、やみくもに革新を目指すのではなく、目の前のお客様に喜んでいただくために何をするのかを考え、即座に実行していくことが大事、などのお話を伺いました。

 今回は、赤坂店に盛り込まれた新しい試みについて、さらに突っ込んで聞いてみました。

10月に新装オープンした「とらや 赤坂店」
10月に新装オープンした「とらや 赤坂店」

丁寧に会話する接客だけがすべてではない

川島 とらや 赤坂店には、実験的な試みがいくつも盛り込まれています。例えば2階のフロアを訪れて驚いたのは、お菓子の数々がガラスケースの中に並んでいるのではなく、大きめのテーブルの上に置いてある光景でした。「これを下さい」と言うと、販売員の方が横に寄り添ってくれる。新しい買い方だと感じました。

2階の売り場はお菓子がガラスケースの中に並んでいるのではなく、大きめのテーブルの上に置いてある
2階の売り場はお菓子がガラスケースの中に並んでいるのではなく、大きめのテーブルの上に置いてある

黒川 あの売り方は1970年代に銀座店を建て替えたときに、少し違うかたちでやってみたことがあるのです。販売員がショーケースの向こうにいるのではなく、外に出てきてお客様のお相手をしようという意図でした。ただそのときは、いろいろと課題があってやめることにしたのですが、それをもう一度やってみることにしました。

 試みということで言えば、一口サイズの羊羹(ようかん)を詰め合わせた「ヨウカンアラカルト」という商品の自動販売機が、1階に置いてあるのに気づかれましたか。

川島 えっ、羊羹の自動販売機? それは革新的です(笑)。

黒川 実はかつて先代が「小形羊羹を自動販売機で売ったらどうか」と提案したことがあったのです。当時の私は「それは違うだろう」と思い、やめてもらったのですが、今になって、改めてやったら面白いと考えました。

川島 それって前言撤回みたいに聞こえますが(笑)、ものすごく魅力的です!

黒川 そうおっしゃっていただけるとうれしいです。何しろ私が提案したら、周囲の多くが反対だったようですから。 

川島 でもなぜ、自動販売機なのですか?

1階の隅に自動販売機を設置
1階の隅に自動販売機を設置

黒川 ともすると、私どもはお客様に寄り添って、できるだけ丁寧に接客する方向に行ってしまいがちですが、それがすべてではないと思ったからです。お客様の中には「人と接したくない、話したくない」という方もいらっしゃるのではないかと。また、同じ方でもその時々によって「今日はゆっくりおしゃべりしたい」「今日はパッと買い物を終えたい」などと、気分が変わるのは当たり前のこと。そこを理解しないまま、お客様に接していないかと問うてみたのです。

現実は想定外のことがどんどん起きてくる

川島 言われてみれば、そうかもしれません。急いでいるのに、店員さんが丁寧過ぎてイライラしちゃうことってありますから(笑)。「ポイントカードはお持ちですか。すぐお作りできます」とか「入り口までお送りさせていただきます」とか。「さっさと店を出たいのに」と気が急いてしまうので。

黒川 さらに、「羊羹を一つだけ欲しい」というお客様もいらっしゃると思います。そういうとき、「一つください」と販売員に言うよりは、自動販売機のほうが気楽に買っていただけるのかな、と。

自販機では小さな羊羹を詰め合わせた「羊羹アラカルト」を販売
自販機では小さな羊羹を詰め合わせた「羊羹アラカルト」を販売

川島 なるほど。でも黒川さん、会社の中で何か新しいことをやってみるとき、ありがちなのは「絶対に成功するのか」と問われることです。でも、こうやってお話を伺っていると、慎重に考えながらも「まずはやってみる」という姿勢なのですね。開かれた企業と感じます。

黒川 めまぐるしく動く世界の中で自分がふらつかないためには、まず自分から行動して変わらなくてはならないと思います。何事もそうかもしれませんが、実際にやってみて、お客様の反応や社員の動きを見ながら、変えていったほうがいいところはどんどん変えていけばいいと思います。

 やる前にあれこれ想定ばかりしていても、現実は想定外のことがたくさん起きてくるわけですから。先日、お年を召された方がいらしたので、「エレベーターはこちらです」とご案内したら、「リハビリにちょうどいいから」と階段を上がって行かれました。そういう場面に出会うと、まだまだやれること、変えていけることがあると思うのです。

川島 あの階段を、リハビリも兼ねて上りたいとおっしゃるのもうなずけます。ゆったりした木造りで、上りやすそうだし印象的だし。

黒川 お孫さんが階段を行ったり来たりして、お婆様がそれを楽しそうに眺めていらっしゃる。休日はそんな光景を目にすることもあります。実はあの階段について、どういうものが上り下りしやすいかというところを、随分と議論したのです。幅や段差もいろいろ工夫し、幅については通常の2倍くらいにしています。広くとることによって、気分的にゆとりを感じていただけるのではないかと。

川島 せかせかした気持ちが自然とゆったりしてくる、深呼吸したくなるような気分になることができます。豊かに広がっている御所の緑が望めるのも、とても贅沢ですね。

木を多用し、ゆったりと作られた階段
木を多用し、ゆったりと作られた階段

アーカイブとしての「虎屋文庫」の存在と意味

川島 それから地下にあるギャラリーも魅力的です。こけら落としは「とらやの羊羹デザイン展」で、大正7年(1918年)の「菓子見本帳」に描かれた羊羹のデザインなどが展示されていて面白く拝見しました。素晴らしいアーカイブをお持ちだから、ああいった展示もできるのですね。

オープン時、地下にあるギャラリーでは「とらやの羊羹デザイン展」を開催
オープン時、地下にあるギャラリーでは「とらやの羊羹デザイン展」を開催

黒川 私の曽祖父が菓子関係の史料をはじめ、古いものを集めるのが好きだったのです。そして日本美術史を専攻していた父が、虎屋の史料を管理する目的で「虎屋文庫」という部署を設けました。虎屋が持っているものを、お客様をはじめ、多くの方々にお見せしたいという気持ちが強かったようです。以来、虎屋文庫では歴代の古文書や古器物、古い菓子の木型や道具類などを保管。菓子や食文化に関する資料も収集し、それらを基にした調査研究を行ってきました。

川島 以前も赤坂本社ビルの「虎屋ギャラリー」で、定期的に和菓子にまつわる展示を行ってきました。

黒川 年に1、2回のペースで80回くらい続けてきました。担当者も楽しんでやっているようで、展示のたびにテーマに沿った菓子を作るのですが、今はもう作っていない菓子を再現することもありました。どんな材料でどのように作ったのか、文献資料から想像するしかないこともあり、虎屋文庫の担当者が職人と話し合いながら試行錯誤して作ってきたのです。

川島 ギャラリーの存在によって虎屋文庫が保有しているアーカイブの価値がお客様に伝わるとともに、社内向けにも自社の歴史を知ったり技を磨く刺激になったりと、とても大きな財産ですね。

黒川 ありがとうございます。赤坂店には新たに専属のギャラリー担当者を配置しました。彼女らが中心となって、今後は展示だけでなく講演会なども行っていく予定でして、詰めれば80席くらいご用意できます。もしかしたら、落語みたいなものとか、若い方たちがあのスペースを生かして展示会みたいなことをやってもいいと考えています。もちろん、虎屋文庫による展示も、来年度以降も予定しております。

川島 老舗企業というと保守的で閉鎖的というイメージがありますが、虎屋には誰にでも門戸が開かれているイメージがあります。黒川さんのお考えがそのまま企業の姿勢になっていると感じました。次回は勘と感についてのお話を伺いたいと思います。

虎屋社長、反対を押し切って店内に「自販機」を設置した真意(画像)

(写真/鈴木愛子)