本連載は、「この人の『勘』や『感』の見方を知りたい!」と思った方にお会いし、仕事に「勘」や「感」は必要なのか。そして、どのように磨けばいいのかについて、成功談も失敗談も含めて聞いていくものです。それも、難しい書き言葉ではなく、分かりやすい話し言葉で。読者の皆さんにとって、未来に向けたヒントになれば幸いです。

 今回は前回(「ヒットブランド連発 マッシュ社長が大事にする『瞑想』」)に引き続き、マッシュホールディングス社長の近藤広幸さんです。前回は時間の使い方をクリエーティブにするために、あえて隙間のないスケジュールを組むこと、自分のスケジュールを自分で決めないこと、クリエーティブな会議の進め方などについて、伺いました。今回は「ジェラート ピケ(gelato pique)」「フレイ アイディー(FRAY I.D)」をはじめとする、マッシュホールディングスのヒットブランドの作り方、そもそもの企画書の作り方について、聞いてみたいと思います。

マッシュホールディングスの近藤広幸(こんどう ひろゆき)社長は1975年茨城県生まれ。1999年、CG制作を目的としてマッシュスタイルラボを設立、2005年ファッション事業に参入し、「スナイデル(snidel)」「ジェラート ピケ(gelato pique)」が人気ブランドに。2013年に持ち株会社としてマッシュホールディングスを設立、多岐にわたる事業展開を行う。現在は国内10社海外8社からなるマッシュグループ各社の会長職、社長職を兼務
マッシュホールディングスの近藤広幸(こんどう ひろゆき)社長は1975年茨城県生まれ。1999年、CG制作を目的としてマッシュスタイルラボを設立、2005年ファッション事業に参入し、「スナイデル(snidel)」「ジェラート ピケ(gelato pique)」が人気ブランドに。2013年に持ち株会社としてマッシュホールディングスを設立、多岐にわたる事業展開を行う。現在は国内10社海外8社からなるマッシュグループ各社の会長職、社長職を兼務

ブランド作りは「人とストーリーを具体的に想像する」ことから

川島: マッシュホールディングスはロングセラーになっているブランドを数多く持っていますが、ブランドはどのように発想しているんですか。

近藤: 人とストーリーを具体的に想像することを、常日ごろからやっています。読んだ小説の登場人物や自分の身近にいる人などをモデルにして、こういう人がこういうふうに過ごし、こういう気持ちだったと、シーンを思い浮かべながら、具体的な会話やト書きも入れ、脚本みたいに組み立てていくのです。

川島: それってすごく面白い手法です。何か事例を教えてもらえますか。

近藤: 例えば、ヨガをやっている女性について考える場合、「ヨガ教室に通っているけど、ヨガそのものより終わったあとに仲間とお茶するのが楽しい」「帰りにショッピングするので、ヨガウエアでオシャレ着にできるものがあるといい」といった具合です。

川島: 本音の部分の気持ちが入っていて、リアリティーがあるし、具体的なシーンが浮かぶのも面白いです。でも普通、ブランドを立ち上げるときって、まずはコンセプトを練って、競合ブランドをマッピングして差別化を図り、ターゲットを決め、潜在人口がこれくらいいるみたいなことをまとめるじゃないですか。

近藤: そこも大事ですが、僕はこういった最初の発想を最も大事だと考えています。そしてうちの企画書はほぼ全部、僕が作っているのです。

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ブランドの企画書をほぼ全て社長が作る理由

川島: 社長自ら企画書を作る。それはなぜですか?

近藤: うちの企画書を作るのはものすごくエネルギーがいるし、自分への負荷も高い。かなり苦しい仕事なので、簡単に「やってみなさい」と社員に言えないと思いまして。

川島: 近藤さん、厳しそうに見えますが、意外や優しい一面が!(笑) そうやって作った企画書、何か見せてもらえないでしょうか。

近藤: とりあえず手元にあるものをお見せしましょう。これは「フレイ アイディー(FRAY I.D)」というブランドを2010年に立ち上げたとき、僕が作った企画書です。オフィスで働く女性たちの服装を変えたいという思いから、「ニューモードキャリア」というコンセプトを立て、「働く女性たちが、金曜日から楽しむための鍵、そのためのIDパスとしての服」という発想で作ったのです。

川島: この企画書、写真と文字がコラージュしてあるページが連なっていく構成で楽しいし、何より美しいです。難しい説明文はひとつもないけれど、これを見ていくと、「普段よりモードっぽい装いでヤル気が湧いてきそう」とか「普段より少しだけ過激なおしゃれで気分が上がりそう」とか、このブランドが表現したい世界観が分かります。それは、数々のコラージュから、週末に向け、1週間の充実を感じながら解放的になっていく気分が伝わってくるから。でもこれ全部、本当に近藤さんが作ったのですか。

近藤: 本当ですよ(笑)。僕が写真をチョイスし、タイポグラフィーを選び、コラージュして作り上げました。どんな世界観を描くかというところを徹底してやり抜かないと、ブランドというものは作れないと思うのです。

「フレイ アイディー(FRAY I.D)」
「フレイ アイディー(FRAY I.D)」

プレゼンの極意は「まずファンにする」

川島: じゃ、いわゆる事業計画的なものはどうするのですか?

近藤: もちろん作ります。ただ、最初に感覚的な世界観を見せ、次にロジックを説明するという手順を徹底しています。

川島: それはなぜですか?

近藤: マッシュが考える良い企画書というのは、最初にファンにすること。それで相手が「もっと知りたい」という気持ちになり、その段階でロジックや数字を説明する。あえてそういう構成にしているからです。

川島: ファンとはどういうことですか。

近藤: 人は感覚的な世界観を見て「何か良さそう」となったら、「もっと知りたい、もっと聞きたい」となるものです。そしてファンとは、相手に成長してほしい、それを一緒にやりたいと応援するわけです。だから、企画書を見せた百貨店やファッションビルの人が、たとえば3年後に「このブランドがここまで育って良かった」と喜べるファン意識を持ってくれることが重要なのです。そしてそのためには、圧倒的なオリジナリティーがある世界観を描くことは必須です。

川島: 商売としてのもうけはどうなるのですか?

近藤: オリジナリティーが高ければ高いほど、そのブランドが最初から成功する確率は低くなります。でもファンが付けば、みんなで応援するブランドになっていくし、ファンが増えていけば、おのずともうけは付いてきます。逆に、もうけだけを目的としたブランドは、なかなかファンが付きにくいと思います。

川島: 確実にもうけることを狙って、どこかのヒットブランドをまねたブランドって少なくないです。でもそれって、ファンはなかなか付かないから、長きにわたって愛用する人たちになりませんね。

ジェラートピケはどうやって生まれたか

近藤: ジェラート ピケを世に送り出したときは、業界の常識破りだったと自負しています。

川島: そうだったんですか? ジェラート ピケは、モコモコふわふわした素材使いで、カラフルなルームウエアを提案しているブランド。正直言って、人気はあるけど似たよう後追いブランドがたくさん登場しているなかで、どうなっていくのだろうと見ていたのですが、ロングセラーになっています。あれは、どういうところから発想したのですか?

「ジェラート ピケ(gelato pique)」
「ジェラート ピケ(gelato pique)」

近藤: たいていの人は、朝と夜の2回、着替えをしますが、家に帰って部屋着に着替えるときってテンションが上がらないもの。なぜならルームウエアは、外出着に比べてないがしろにされているからです。着古しや安売りで買ったトレーナーやTシャツをルームウエアにしている人は、決して少なくありません。でも、かわいくてテンションが上がるルームウエアを提案できたら、女性のハッピーを増やせると考えたのです。

川島: 言われてみれば、確かに。でもなぜそれが、モコモコふわふわ、カラフルな世界観に行き着いたのですか。

近藤: 女性は誰でも、家では人の目を気にせず、かわいくて好きな色のウエアを着て、リラックスしたいのではないかと考えました。だから、暗い色は使わないと決め、モコモコふわふわの素材で、キュートで着心地もいいルームウエアを作ろうと。それを下着や寝具売り場のワンコーナーではなく、百貨店の1階、ファッションフロアの中央といった一等地でやりたいと考えました。

川島: そこはまさに常識破りであり、新しい領域の獲得ですね。それで、どういう企画書にしたのですか。

近藤: 最初に作ったのは、きれいなケーキボックスにリボンを付けた形状で、開けると中からモコモコふわふわの服が出てくるというもの。コンセプトは「大人のデザート」。おそらくギフトとして使われることも多いだろうという意図を伝えようと思いました。

川島: ユニークな手法です。近藤さんはとにかくオリジナリティーにこだわるのですね。

近藤: 二番煎じをやって失敗したら、ものすごくかっこ悪いと思うのです。

川島: かっこ悪いことはやりたくないと。

近藤: 後悔しない仕事のやり方、生き方を突き詰めていきたいというのが僕の信条です。

川島: 男らしいです(笑)。次回は感度の磨き方について聞いてみたいと思います。

(人物写真/中村 宏)


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