出展している16人のアーティストは全員70歳オーバーで、50年以上キャリアを積み重ねてきた女性たち。そんな世界各国の女性アーティストの足跡をたどる展覧会が東京都港区の森美術館で開催中だ。彼女たちの作品が再び注目されているのはなぜか。横浜美術大学学長の宮津大輔氏に解説してもらった。

 混迷を深めながら開催された東京オリンピック・パラリンピック。大会前に大会組織委員会前会長の森喜朗元首相が、「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」と発言。女性に対する不適切な発言に国内外から多くの批判が集中し、辞任したことはまだ記憶に新しいところです。

 世界経済フォーラムが公表するジェンダーギャップ指数(経済・政治への参画や教育水準、健康寿命などにおける男女格差)2021を見れば、日本は156カ国中120位でありG7の中では最下位です。こうした状況の中、正に時宜を得たような展覧会「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」が森美術館(会期:2021年4月22日~9月26日)で開催されています。72歳から106歳までの現役女性アーティストたちは、全員が50年以上の長いキャリアを有しています。その出身地は14カ国におよび、現在の活動拠点は世界中に広がっています。

 あえて今、女性アーティストの作品に触れる意義はどこにあるのでしょうか。彼女たちの視点は「女性であることから受けてきた不利益」を告発していることにとどまりません。昨今、新型コロナウイルス感染症拡大下で頻発するアジア系の人々への嫌悪・排斥(ゼノフォビア)や、構造的なアフリカ系アメリカ人に対する人種差別、あるいは中国・新疆ウイグル自治区における人権侵害とグローバル企業の新疆綿を巡る問題など、多くの差別や偏見が世界を揺るがしています。近年再評価が進む女性アーティストたちの視点は、こうした差別や偏見につながりかねないあらゆる考え方や思い込みに対する疑義を思い起こさせます。

差別や搾取、不公平についての再考を促し、その解決策を示唆

アンナ・ベラ・ガイゲル『自画像』1969年
アンナ・ベラ・ガイゲル『自画像』1969年

 アンナ・べラ・ガイゲルは、1933年ポーランド系ユダヤ人の両親の下、ブラジルのリオデジャネイロに生まれます。「挑戦とは生き残らなければならないということです」と語っているように、その来し方は決して平たんなものではありませんでした。有名なアンネ・フランクの肖像写真を思わせる『自画像』(1969年)は、近づいて目を凝らせば文字や記号の印字で構成されていることに気づきます。そこに潜む苦難の歴史に、私たちは想像力をかき立てられざるを得ません。

 一方『ブラジルの先住民−ブラジルの入植者』(1976~77年)は、70年代ブラジルの軍事独裁政権下で虐げられていた先住民の状況を表しています。これらの作品は、私たちの身の回りに存在するあらゆる差別や独裁制、植民地思想などに対する疑義や否定を物語っています。

ロビン・ホワイト 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館
ロビン・ホワイト 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館

 他方46年ニュージーランドに生まれ、オセアニアを拠点として活動するロビン・ホワイトの『大通り沿いで目にしたもの』(2015~16年)は、敷物などのインテリアや様々な地域コミュニティーの儀式にも用いられる伝統的な樹皮製の不織布で制作されています。この大型作品は地域コミュニティーの女性たちと共同で制作されており、西洋的な個人主義に対する見直しを促します。また、太平洋島しょ諸国に古くから伝わる親族組織や村落共同体によるサブシステンスという、自給自足を柱とする物質的・精神的な生活基盤をも彷彿とさせます。

 最近では、グローバル化により大いなる負の影響を受けているアフリカ、アジア、南米の状況を表す「グローバルサウス」という言葉を、耳にする機会も多いと思います。この場合のサウスは南半球だけではなく、北半球にも存在する、加害的先進諸国から搾取される対象をも意味しています。人的資源を不当に収奪され、甚大な環境被害を受ける地域で活動するガイゲルやホワイトは、作品に地図や絵はがきといった公的イメージを利用したり、伝統的な知恵を取り込んだりしながら、搾取する側・される側という分断を修復していく新しい視点を提示しています。

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