「日本の産業の国際的地位が低下したのは、イノベーションが起きなくなってしまったのが最大の原因」と語るのは、元ソニー社長で現在は一般社団法人Japan Innovation Network理事や公立大学法人 長野県立大学理事長などを務める安藤国威氏だ。日本がもう一度輝くための5つの課題と指針を提言する。

(写真:丸毛 透)
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安藤国威(あんどう・くにたけ)氏
一般社団法人 Japan Innovation Network 理事、公立大学法人 長野県立大学 理事長
1942年生まれ、愛知県出身。東京大学経済学部卒業。69年ソニー入社、79年ソニー・プルデンシャル生命保険(現ソニー生命保険)代表取締役常務。85年同副社長。94年ソニー取締役、96年同インフォメーションテクノロジーカンパニープレジデント、2000年ソニー代表取締役社長兼COO、05年ソニーフィナンシャルホールディングス代表取締役会長兼ソニー生命保険会長。ソニーでパソコン「VAIO」や携帯電話、デジタルカメラの開発・事業化を主導。ソニー生命保険の立ち上げ時も中心となり、新たなビジネスモデルを確立する。

――企業のイノベーションが成功する、あるいは失敗する理由はなんでしょうか?

安藤国威氏(以下、安藤) 幸せな家庭は、どこも似たように幸せだけれども、不幸な家庭はそれぞれが別々の形で不幸だ、という言葉があります。確かトルストイの有名な言葉です。私は、企業のイノベーションがうまくいかない理由に関しては全く正反対だと思うんです。成功している企業はそれぞれの理由で成功しているけれども、失敗している企業は「こんなことをやったら失敗する」という共通の特徴を備えている。

 Japan Innovation Network(JIN)の「イノベーション100委員会レポート」では、イノベーションを阻む5つの課題(図1)と指針(図2)として提言しています。これの具体的な内容については、私のソニーでの経験からお話しします。

図1●イノベーションを阻む5つの課題
(一般社団法人 Japan Innovation Networkの「イノベーション100委員会レポート」から)
図1●イノベーションを阻む5つの課題
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図2●イノベーションを興すための経営陣の5つの行動指針
(一般社団法人 Japan Innovation Networkの「イノベーション100委員会レポート」から)
図2●イノベーションを興すための経営陣の5つの行動指針
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 ソニーの歴史はイノベーションの歴史そのもので、1950年にテープレコーダーを発売して以来、5年ごとにトランジスタラジオを出したり、ポータブルテレビを出したり、さらにトリニトロンテレビ、ウォークマン、コンパクトディスクなど、イノベーティブな製品を作り続けてきました。ソニーにはかつて、イノベーションに最適な環境が整っていた。井深大さんが社長、盛田昭夫さんが副社長という時代が長く続いたわけですが、井深さんは常にプロジェクトリーダーであり、新しいことはいつも彼が引っ張った。企業のトップがプロジェクトリーダーになるということは、社内の最良にして最適な人材を集中的に投入できるわけです。例えばプロトタイプ作りの名人という人がいて、井深さんが「こういうことをやりたい」と言うと、それを一晩で形にして「そうそう、こういうのが欲しかった」と言わせてしまい、会社から有能なスタッフをすぐ集められる。

 さらに、最初のテープレコーダーの開発には大賀典雄さん(後に社長、会長を歴任)も大きく関わっていた。と言っても、当時彼はまだ東京芸大の学生。バリトン歌手を目指していたが、機械にもめっぽう詳しく、もちろん音楽については専門家だ。開発中のテープレコーダーに「そんな音じゃダメだ」とか注文をつけるわけです。社員でもない学生だけど、井深さんや盛田さんにかわいがられ、しょっちゅうソニーの本社に出入りしていたそうです。

マーケットリサーチなんて意味がない

 大賀さんは芸大卒業後、ベルリンに留学したのですが、ある時、井深さんがドイツを訪問する機会があった。ドイツにはテレフンケンやグルンディッヒなど名だたる音響機器メーカーがあるので、大賀さんは案内役を買って出て、そうしたところに連れて行くんですが、井深さんはさっぱり興味を示さない。あれほど熱心にテープレコーダーの開発に取り組んだのに、と大賀さんは考えるわけですが、井深さんの興味は既に次のトランジスタラジオの開発に移っていたんです。井深さんという人は、新しいテーマを見つけると、過去の成功体験は一切忘れて、次のテーマに集中してフォーカスし、どんどん新しいことをやっていく。

 井深さんが「次はこれをやろう」と言ったとき、それを最もうまくビジネス化することが盛田さんの役割だけれども、「マーケットリサーチなんて意味がない」というわけです。顧客は既にあるものを評価することはできるけれども、ソニーは常に全く新しいものを作っているから、顧客はまだその価値を知らない。だから自分たちが顧客に新しい価値を理解してもらって、顧客を導くというのがソニーのマーケティングだった。だからソニーは常に新しい市場を開拓する、今の言葉で言うとブルーオーシャンを追っていたんです。

 既にある商品、売れている商品を販売する既存のビジネスも大事だが、その枠組みの中でイノベーションをやろうとしても、新しいビジネスは育たない。新しいビジネスは今のビジネスを否定する面があるし、カニバリゼーションも起こるし、競合関係にもなる。しかし、次の時代に勝とうと思ったら、やらなければならない。だからJINではこの考え方を「2階建て経営」と呼んでいます。現業は1階でそれまで通りにやって、2階は全く新しいルール、評価方法、価値観でやっていく。新しいものを立ち上げるときに1階と同じことをやっては成功するわけがない。2階部分は可能な限り経営トップの直属にするとか、ある程度自分の足で立てるようになるまで、別の組織で育てるとか、インキュベーションのやり方にも方法があるわけです。

「イノベーション100委員会」に参加する企業トップの声をまとめ、課題と指針を示すリポート「企業にイノベーションを興すのは誰の仕事か?」
「イノベーション100委員会」に参加する企業トップの声をまとめ、課題と指針を示すリポート「企業にイノベーションを興すのは誰の仕事か?」
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