モビリティ革命「MaaS(Mobility as a Service)」の実像に迫る特集の6回目。クルマから鉄道、バス、タクシーまで、あらゆるモビリティがシームレスにつながるMaaSの世界は、どんなメリットをもたらし、日本ではどのような形で実現されようとしているのか。そこにクルマの未来である自動運転車はどう関わるのか。自動運転の研究における第一人者であり、日本版MaaSに向けて旗振り役を担う東京大学 生産技術研究所の須田義大教授に話を聞いた。

東京大学の生産技術研究所 次世代モビリティ研究センターの須田義大教授。ITS Japan理事、自動車技術会理事・フェロー、鉄道総合技術研究所理事、日本鉄道技術協会理事、日本機械学会フェローを務めるなど、自動車・交通業界全般に関わるキーマン
東京大学の生産技術研究所 次世代モビリティ研究センターの須田義大教授。ITS Japan理事、自動車技術会理事・フェロー、鉄道総合技術研究所理事、日本鉄道技術協会理事、日本機械学会フェローを務めるなど、自動車・交通業界全般に関わるキーマン

 クルマから鉄道、バス、タクシーまで、あらゆるモビリティがシームレスにつながり、移動をより便利なものにするMaaSの世界。本特集では、「第2回:MaaSに必要なエコシステムとは? 先進フィンランドの教え」など、海外の先行事例を紹介してきた。では今、日本ではどのような形でMaaSの取り組みが進んでいるのだろうか。

 ここに1人、「日本版MaaS」実現に向けたキーマンがいる。東京大学の生産技術研究所 次世代モビリティ研究センターの須田義大教授だ。同氏は自動運転研究の第一人者として知られる。自動運転による次世代交通システムをはじめ、鉄道などの公共交通も含めた総合的なモビリティデザインの研究を第一線で推進。国や産官学連携プロジェクトを通じて、自動車メーカーや鉄道会社、バス会社、地方自治体など、MaaSに関連する多数のプレーヤーをつなぎ、けん引している。須田氏が考える日本版MaaSへの道のりとは?

まず、須田教授が考えるMaaSの姿とはどんなものでしょうか。

須田義大教授(以下、須田氏) MaaSは、モビリティ・アズ・ア・サービスという名の通り、要するに移動サービスを提供しましょうということ。ドア・トゥ・ドアの移動を考えたとき、自家用車の利用のみならず、鉄道・バスなどの公共交通、タクシーやカーシェアリングなど、多種多様なモビリティ・サービスが存在します。それらを一元的に扱って、情報提供からチケッティング、乗り継ぎなどをシームレスに行い、最適な移動体験を提供することが理想です。これまで自家用車と公共交通という風に大きく2つに分断されていた移動手段が、ある意味1つになっていくイメージです。

 ここ数年、次世代交通システムを検討するITS(Intelligent Transport Systems)世界会議などでは、既にMaaSが大きなテーマになっています。クルマの側面では、従来は情報通信技術を取り入れた「つながるクルマ(コネクテッドカー)」を使って、安全・安心や渋滞防止・環境負荷低減といった負の側面をなくす視点でした。それが、より良いモビリティ・サービスを提供するために収集したデータを活用するというポジティブな面が強調され始めています。

 また、ITSというと、日本では高度道路交通システムと訳されていて、鉄道会社はあまり表に出てこない話でしたが、海外では自動車業界も公共交通も一緒に取り組んでいます。日本で潮目が変わった出来事が、2013年に東京で開催されたITS世界会議に合わせて、我々東京大学と千葉県柏市、JR東日本、東武鉄道などで行った産官学連携プロジェクト。“柏モデル”と呼んでいますが、異なる事業者間で鉄道とバスのリアルタイム位置情報データを連携し、スマホアプリで提供した国内初の事例になりました。ここから鉄道会社もITSに取り組むようになり、今のMaaS、モビリティ・サービスの融合に向けた議論が進展するようになったのです。正直、私が一生掛かってもできないと思っていたことが今、急展開しているので非常に期待しています。

自動車メーカーがMaaSに着目し始めた背景を教えてください。

須田氏 これまで自動車産業は、いかに安く、魅力あるクルマを製造するか、それを効率よく販売できるかがビジネスの主眼でした。しかし、例えばダイムラーがコネクテッド(Connected)、自動運転(Autonomous)、シェアリングサービス(Shared & Services)、電動化(Electric)をテーマにした「CASE戦略」を掲げたように、クルマの所有からシェアへ、手動運転から自動運転へと、従来のモデルを全く覆す流れが鮮明になっています。要するにモノづくりで日本の強みだったところが、必ずしも有利とはいえない世界が到来するかもしれないということで、非常に危機感があります。また、ティア1と呼ばれる部品メーカーも、EVが本格普及する時代にはエンジンなどの商売がなくなるのではと、危惧しているわけです。そこで、クルマを作って売る従来型モデルだけではなく、モビリティ・サービスで収益を生み出すという必然性が出てきました。

 一方、鉄道やバスなどの公共交通機関は、もともとモビリティ・サービスを提供していて、シェアリングモデルです。その意味では、MaaSという観点からクルマを含めた交通をサービスとして捉え直し、すべてのモビリティを融合していくには絶好のポジションにいます。しかし、現状は鉄道もバスも複数の事業者が混在していて、必ずしも統一サービスになってはいません。それらを全部連携させて、サービスを進化させようというわけです。

自動車メーカーは、コネクテッドカーから自動運転車へのステップを描いています。この未来像とMaaSはどう関係しますか?

須田氏 自動運転はリアルタイムで情報通信を行うコネクテッドの技術をベースに成り立つものです。現在、レベル1~5(下図)で定義されていて、レベル2の部分運転自動化までは既に実用化されています。レベル3(条件付き運転自動化)以降は法制度が整備できないと実現できませんし、そもそも完全運転自動化のレベル5まで段階的に上がっていくという従来の想定ステップが正しいのかどうかは難しい面があります。

 というのも、レベル3は基本的に自動運転をシステム側の責任で行いますが、システムが対応困難な場合は人間が運転する必要があります。これを実現するには、事故時の責任の所在といった法的な側面に加え、機械と人間の役割を切り替える際のヒューマン・マシン・インターフェースを作り込むのが非常に難しい。であれば、いっそのこと人間が自動運転に関わらないレベル4(高度運転自動化)を目指して、ルート限定、低速走行といった条件の下、自動運転バスなどを実現するほうが、さまざまな面でハードルは低いのが実情です。まさに今、そういう進化のストーリーが出てきています。

自動運転のロードマップ。レベル3の条件付運転自動化を飛ばして、一気にレベル4に進み、限定地域での無人運転が実現する可能性が高い(出典:須田研究室資料)
自動運転のロードマップ。レベル3の条件付運転自動化を飛ばして、一気にレベル4に進み、限定地域での無人運転が実現する可能性が高い(出典:須田研究室資料)

 ここで重要なのは、限定地域で実用化しようというレベル4以降の自動運転車は、少なくとも個人が所有して走るものではなく、サービスカーとして想定されること。オンデマンドバスなのか、複数乗車の乗り合いタクシーなのか、想定される事業モデルはさまざまですが、いわば公共交通サービスとしての位置付けです。これには鉄道の末端駅からの移動サービスを担う役割を期待されており、当然MaaSとして鉄道との連携や一体運営が望まれます。この自動運転の将来像は、所有を前提とした自動車メーカーの従来型モデルとは異なるもの。それを自動車メーカーは意識していますし、鉄道やバスなどの公共交通も認識していますから、今MaaSの実現に向けた議論が盛り上がりつつあるのです。

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