モビリティ革命「MaaS(Mobility as a Service)」の実像に迫る特集の5回目。前回の「“未来のハイエース”に勝機?トヨタと組むウーバーCEOの青写真」では、モビリティのサービス化に向かう自動車メーカーの戦略にフォーカスを当てた。その核となる、クルマの移動データを巡って虎視眈々と事業を拡大しているベンチャーが実はある。2013年創業のスマートドライブ(東京都品川区)だ。巧みな戦略で「つながるクルマ」を爆速で増やすスマートドライブが描く近未来は、クルマを実質無料で“買う”時代だ。

トヨタ自動車が今夏発売の次期クラウンに「DCM(データ・コミュニケーション・モジュール)」と呼ばれる通信機器を標準装備。これを皮切りに、DCM搭載の「つながるクルマ」を、2020年までには日米で販売する全車(トヨタ車、レクサス車)に展開する方針を打ち出した。また、日産自動車も22年度までに全車に搭載する構え。クルマがネットにつながり、莫大な走行データをリアルタイムに利活用する「コネクテッドカー」時代が、ようやく、そして急速に本格化しようとしている。ここで集まるビッグデータは、カーシェアやライドシェアといった移動サービスの展開、さらには公共交通機関などとの連携によって、あらゆる移動を快適に効率的に変える「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」のクルマ側の世界では非常に重要なカギを握る。
このモビリティの未来の一端をつかさどるクルマの移動データを一体誰が握るのか。実は、その答えは「自動車メーカー」だけとは限らない。かつて企業データベースで覇権を握った米オラクルのように、移動データの覇者となるべく虎視眈々と事業を拡大しているのが、スマートドライブだ。
同社は、クルマのシガーソケットに取り付ける専用デバイスに、通信モジュールやGPS、6軸の加速度センサーを内蔵。走行ルートや急加減速の回数、クルマにかかったGフォース(加速度)といった最大50~60項目にわたるデータを収集し、走行経路や運転の危険度などを独自に分析。それを基に、安全運転をすると自動車保険料が安くなる「テレマティクス保険」の取り組みをアクサ損害保険で共同で行っている。また、物流会社や営業車両を保有する企業、タクシー会社などBtoB向けには、車両管理や運行効率化サービスを提供中だ。

そんなスマートドライブの強みは、大きく2つある。まず専用デバイスは、既存のコネクテッド機能が付いていない自家用車や中古車など、ほとんどのクルマに「後付け可能」であること。新車でも、車両価格が安いためコネクテッド機能がしばらく標準装備されそうにない小型車や軽自動車がターゲットになる。現状で自動車販売台数の多くを占める“大票田”を捉えて、大衆車を一気に「つながるクルマ」に変える可能性を秘める。専用デバイスはテレマティクス保険の加入者向けに配布する他、今後は1万円前後で一般販売し、安全運転の度合いやデータ提供の対価として半額を還元するなどの施策を打って広げていく構想だ。
2つ目は、集まるデータの質と、その扱いに長けていること。同社はメーカー横断でデータを収集できるため、自動車メーカーが個々に集めて仕様が異なるデータより、オープンプラットフォームとしての利用価値は高いだろう。スマートドライブの北川烈社長によれば、「自動車メーカーがコネクテッドカーで独自に集めようとしている車両データと当社のデータは、実はサービス化をする際の決定的な違いはない」と言う。
というのも、自動車メーカーは毎秒レベルの燃費変化などの詳しいデータを得られるが、それがユーザーメリットのあるサービスに生かせるかどうかは別問題。そればかりか、過度な情報量はサーバー負担や分析コストを膨らませ、結果的に提供サービスの料金上昇の要因になる。「クルマにまつわるデータのサービス化に当たって、データの“深さ”が勝敗を分けるケースは現状ほとんどない。これが、今の我々の結論」(北川氏)と話す。もちろん、集めたデータをどう分析・加工すればマネタイズにつながるか、テレマティクス保険などの例があるように、同社はそのノウハウにも一日の長がある。
そして、将来的に同社はクルマの世界に閉じられたデータからのステップアップも狙う。現状、利用者は専用デバイスで収集した走行データをスマートフォンでいつでも簡単に閲覧できる仕組み。そして同社の「SmartDrive Platform」には、個人情報がクレンジングされたビッグデータが集積される。例えば、クルマがどこにどれだけ駐車されたかというデータからは、ショッピングセンターの駐車場なら店の滞在時間を推測できるという。加えて、スマホアプリを介すため、技術的には「クルマで移動していない」ときの情報も得られる。スマホの移動データを活用するようになれば、徒歩や公共交通機関など他の移動手段に切り替えてどう行動したかも推測可能になる。
「ある国の実証実験では、クルマにセンサーを搭載して、通勤通学の時間帯に自宅にクルマがある場合は公共交通機関を利用してCO2の削減に貢献しているとみなし、交通系カードにチャージ(還元)するという例もある。我々は最終的に『すべての移動を最適化させる』ことが目的。クルマの移動だけにこだわらず、さまざまな連携をしていきたい」(北川氏)と話す。下図のように同社はSmartDrive Platformを核にし、この上で法人向け、個人向けを問わず、他社がさまざなアプリを開発して新たなサービスにつなげる姿を描く。まさにMaaSの世界観を中立的な立場から体現しようとしているプレーヤーだ。

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