「変なホテル」のブランディングを担当するGRAPHの北川一成氏と共に、総合的なデザイン戦略の重要性を、実例を基に考える連載企画。第15回は福岡の家賃保証会社。社名変更から4年で売り上げが3倍に伸びた背景には、新たにデザインしたコミュニケーションツールが果たした役割も大きかった。

2つの黄金比による長方形を重ねたニッポンインシュアのマーク
2つの黄金比による長方形を重ねたニッポンインシュアのマーク

 「NIPPON INSURE&CO(ニッポンインシュア)以下、ニッポンインシュア」は、福岡・天神に本社を構える家賃保証会社だ。家賃保証業の他、不動産管理会社が自社で家賃保証会社を立ち上げる際のコンサルティングや運営のサポートなども手掛ける。

 同社は2002年、エム・サポートという社名で創業し、九州の不動産大手、三好不動産のグループ企業として家賃保証をしていた。その後、三好不動産以外の家賃保証も開始。事業拡大に伴い、14年6月に社名をニッポンインシュアに変更した。ネーミングを含めたブランディングを担当したのが、GRAPHの北川一成氏だ。

 社名変更を検討していた当時の社長が、GRAPHを特集したテレビ東京の経済情報番組「カンブリア宮殿」を見たことが、依頼のきっかけだった。北川氏が淡路島の製塩業「脱サラファクトリー」の社名の考案を含めたブランディングを手掛けていることを知ったからだという。

 社名をエム・サポートからニッポンインシュアに変更後、東京や新潟、大阪にも営業所を設立。業績について、ニッポンインシュアの徳岡拓郎取締役は「社名変更前の13年度の総売上は約4億円だったが、18年度は約12億3600万円。3倍以上に伸びている」と話す。

課題:ニュートラルなイメージに

 社名変更前のエム・サポートの「エム」は、三好不動産の頭文字の「M」だった。三好不動産の社員がグループ会社として立ち上げ、「エム・サポートといえば三好不動産」と、福岡の不動産業界では広く認知されていたという。13年6月から、三好不動産以外の家賃保証も開始し、業績は伸長。本社のある福岡に加え、東京や大阪などに営業所を設立することも計画し、さらなる発展を見込んでいた。業務拡大のためにも「三好不動産のイメージから離れたニュートラルな社名にしたかった」(徳岡取締役)。

 北川氏は「業績が伸びている状況での社名変更だったので、できるだけ覚えやすく、なおかつ日本を代表する家賃保証会社へと成長していく"将来性”も感じられる社名であるべきだと考えた」と話す。

(左上)シンプルなタイポグラフィーで構成したロゴ、(右上)お中元の時期に配布する扇子、(左下、右下)19年のカレンダーと年賀状
(左上)シンプルなタイポグラフィーで構成したロゴ、(右上)お中元の時期に配布する扇子、(左下、右下)19年のカレンダーと年賀状

検討:不安をデザインで解消する

 北川氏は、家賃保証という業種に対するイメージアップを図ることも課題の一つと捉えていた。家賃保証業は裏方の仕事なので、一般消費者からは不透明感があることは否めない。例えば、家賃を滞納した借り主への取り立てが厳しいのではないか、といった不安を抱く人もいる。そういったイメージを払しょくするために北川氏が目を付けたのは、同社が取引先の不動産会社や物件オーナーなどに配布していたノベルティーだ。

 同社はお中元の時期にはうちわ、お歳暮の時期には卓上カレンダーといった具合にオリジナルのノベルティーを1000個ほど制作し、配布していた。北川氏は同業他社と差異化するためには「量より質」を重視し、デザイン性を高めることを提案した。

 「社名のロゴやマーク、ノベルティーのセンスの良さは、知的で信頼できる会社であることを直感的に伝えられる。安心して不動産を任せられると思ってもらえれば、委託費用が同じくらいの同業他社に比べて選ばれる確率が上がると考えた」(北川氏)

ノベルティー刷新前に配っていたうちわ。会社紹介を記載した、ごく普通のデザインだ
ノベルティー刷新前に配っていたうちわ。会社紹介を記載した、ごく普通のデザインだ

解決策:あえて社名を目立たせない

 ニッポンインシュアという社名は、福岡を拠点に全国展開していく計画を基に北川氏が考案した。日本を代表する家賃保証会社として成長していく――そんな思いが込められている。「ニホン」ではなく「ニッポン」とした理由については「20年に開催する東京オリンピック・パラリンピックでは、『NIPPON』という表記がスタンダード化されていくはず。そんな時代性も考慮した」(北川氏)という。

 新たにデザインしたマークは2つの黄金比による長方形を重ねたもの。内側の長方形は企業として守るべき価値や資産で、それらを外側のフレームで守っているイメージだという。角に丸みを持たせることで、資産を成長させながら守るという家賃保証会社としての柔軟性を表現した。

 新たなノベルティーとして、お中元の時期には京扇子の老舗「宮脇賣扇庵」の扇子を、お歳暮の時期にはオリジナルデザインの壁掛けカレンダーを選んだ。無地の扇子に、北川氏が一つずつ手描きで絵柄を入れる。18年は八咫烏(やたがらす)を描いた。カレンダーもデザイン性が高い。

 ユニークなのは、広告・宣伝のためのノベルティーなのに、あえてニッポンインシュアの社名を入れていないことだ。

 なぜ、社名を入れていないのか。それは、ノベルティーを喜んで使ってもらうためだという。「デザイン性の低いノベルティーの多くは捨てられてしまう。たとえ社名が入っていなくても、デザインを気に入って使ってもらえれば、カレンダーや扇子を見るたびに、ニッポンインシュアからもらったことを思い出すはずだ。効果的にデザインすれば、企業のイメージアップにも貢献できる」(北川氏)。

 この戦略が通用するのは、同業他社にコミュニケーション戦略としてデザインを取り入れている例が少ないからだ。だからこそ、ニッポンインシュアのデザインが突出していると感じられる。例えばファッション業界のように、ハイセンスなコミュニケーションが当たり前の業界で同様の施策をしても、目立ちにくいだろう。

 ニッポンインシュアのスタッフは当初、北川氏の提案に対して半信半疑だったという。だが、ノベルティーを渡したときに顧客が素直に喜んでくれたり、「来年のカレンダーは3つ欲しい」とリクエストされたり、自然と社名を覚えてくれたりするなど、デザインがもたらした効果を実感するスタッフが増えていった。また、GRAPHが考えるデザインを理解してもらうために、1年ほどの間、月1回程度、ニッポンインシュアの社内で勉強会を開催。デザインやブランディングの必要性について北川氏が解説し、理解を深めていったという。

15年から18年までのカレンダー。顧客に「来年はどんなデザインだろう」と、楽しみにしてもらえるように、毎年テイストを変えている
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