働きアリより、うろうろアリになろう――。エッジブリッヂ合同会社代表・米コーネル大学 サステナブルグローバルエンタープライズセンター マネージングディレクター唐川靖弘氏の著書『THE PLAYFUL ANTS 社会を小さく楽しく変える越境型人材「うろうろアリ」の生き方・働き方』(以下、『THE PLAYFUL ANTS』)がビジネスパーソンの間で話題だ。著者の唐川氏と楽天大学学長の仲山進也氏が“仕事を遊ぶ極意”を語り合った。
『THE PLAYFUL ANTS』は社会課題解決やイノベーション創出のためには、情熱や志を持って組織や役割を越境する“うろうろアリ”の存在が不可欠であり、組織の中でうろうろアリ的人材をいかに育てるか、個人のうろうろアリとしていかに日常や人生を楽しむかについての心得などを説いている。
しかし、同書でまず衝撃的なのは、著者の唐川氏自身が歩んできたうろうろアリ的な人生だろう。就職活動をしないまま大学を卒業し、突如思い立って資金をため、米カリフォルニア大学バークレー校のエクステンションプログラムに1年間留学。その後、20代は外資系のコンサルティング会社や広告代理店を転々としながら、自ら起業するも失敗。さらに30代になって日本企業で働く妻と共働きで子育てをする中、米コーネル大学のスチュアート・L・ハート教授の著書『未来をつくる資本主義』(英治出版)に衝撃を受け、同氏の教えを請うため、借金をして家族で渡米して同大学ビジネススクールに留学。卒業後は同大学職員としてグローバル企業の社会課題解決・市場創造型プロジェクトに参画したり、自身の会社で組織文化変革や次世代リーダー育成などのプロジェクトを手掛けたり、大学で教鞭(きょうべん)を取ったりしている。
そんな唐川氏がイノベーションのために重要だと説くのが「遊び」だ。しかし、組織の中で遊びを許容するのも、遊ぶように仕事をすることも難しい。そこで、“仕事を遊ぶ極意”について、唐川氏と、「うろうろアリの本で共感できないところが一つもない」という楽天大学(楽天市場出店者の学び合いの場)学長の仲山進也氏に対談してもらった。
米国コーネル大学ジョンソン経営大学院 Center for Sustainable Global Enterprise
マネージングディレクター
仲山考材代表、楽天大学学長
仲山進也氏(以下、仲山) まずは唐川さん自身のうろうろアリ的なエピソードが印象的なのですが、読んだ人の反応はどうですか。
唐川靖弘氏(以下、唐川) 読んでいる方は社会人になりたてくらいの方が多いみたいで、「これからの時代は何やってもいいんだと思えるようになった」「小さな冒険が怖くなくなりました」といった声が多いですね。実はこの本に書いている個人的なエピソードは私が教えているAPUの授業でも話すことがありますが、学生からも同じような感想をもらいます。
もう一つ意外だったのが、今ばりばり活躍している30代や40代くらいの方の意見。「過去の失敗や挫折をどう扱っていいかが分からずもやもやしていたが、今までの失敗や挫折がここに導いてくれたんだと思えるようになった」と。
仲山 実は2018年に出した本『「組織のネコ」という働き方』(翔泳社。以下、『組織のネコ』)の中で唐川さんの「うろうろアリ10箇条」を紹介しています。
当時、僕が「何の仕事しているんですか」と質問されるとどう答えていいか分からなくて困っていたときに、「あなたはこういう存在です」と教えてくれた人が2人いました。その1人が、「仲山さんはうろうろアリっぽいですね」と言ってくれた唐川さん。ちなみに、もう1人が(レオス・キャピタルワークス会長兼社長の)藤野英人さんでした。「あなたはトラリーマン(会社の枠にとらわれずに自由に働き、突出した成果を上げている会社員)ですね」と言われて、「なぜトラなんですか?」と聞いたら、「トラは自由気ままに生きながら、実力もある。トラほどパワフルに生きられないという人は、ネコという生き方もありますよ」と。それがきっかけで「組織のネコ」ができたんです。僕にとっては組織のネコとうろうろアリはほぼ同じ概念なので、共感できないところが一つもありません。
――『THE PLAYFUL ANTS』に対するインターネット上の反応を見てみると、「自分もそうかも」という声が多い印象がありました。お二人から見て、うろうろアリやネコのような存在は組織の中に実は結構いるんでしょうか。
唐川 会社という枠を超えていろいろなところをうろうろしながらネットワークをつくり、そこからいろいろな分野の知識を得て、それらをイノベーションの源泉として組織に持ち帰る。そういう存在を経営学では「バウンダリースパナー」と呼ぶのですが、その考え方自体は米国で1970年代や80年代くらいには提唱されていました。そのころからそういう存在が必要だと認識されていたと思いますが、生産性やKPI(重要業績評価指標)が過度に重視されて「遊び」が許されない状況だからこそ、より大事だと思います。
仲山 ネコの本を出してからいろんな人と話していると、「私、ネコです」と言ってくれる人もいますし、「本当はネコだけど、イヌとして働いています」という“イヌの皮をかぶったネコ”もいっぱいいますね。
――お二人の本を読んで、表立ってうろうろアリやネコとして行動できない人が多いのは、組織における「失敗」や「遊び」の捉え方に問題があるのではないかと思いました。「新しいものを生み出すには失敗や遊びが必要だから、どんどんしていこうよ」と言われていますが、実際の組織の中では必ずしもそうなっていない。
唐川 僕はイノベーションを生み出すためのプロジェクトをクライアントさんと取り組んでいる際には、まずは失敗を容認する“遊び場”をつくろうとします。ただ、日本の会社だと「自由に遊びなさい」と言われながらも、常にじっと見られていてすごく遊びにくいというようなことがよく起こります。
あとは「失敗から学ぼう」といっても、「有益な失敗」の定義を社内でいかに共有するかは大事ですね。企業として活動する以上、全く無駄なことはもちろんできないですが、遊んだ結果として新しいアイデアやビジネスの種をすぐに求められることはやはりまだ多いと思います。
僕はコーネル大学という米ビジネススクールの職員でもありますが、ビジネススクールで教えられていることは、簡単に言うと、いかに素早く、間違いない意思決定をするか。だから、「どんどん失敗して、そこから学ぼう」といくら言っても、本質的には失敗を避けようとしているんですよね。
ただ、変化がより激しく、正解のないこれからの時代においては、失敗を容認することで失敗に強くなったり、失敗を味方にしたりすることで偶発的に新しいものを発見したり、チームとしての意思を重ね合わせてさまざまな価値観を持つことがイノベーションを起こす上ですごく大事なポイントなんです。
仲山 うろうろアリやネコの人にとっては「失敗」というより、「試行錯誤」なんです。うまくいくまでにいろいろなことがあるプロセス自体を面白がるのが「遊ぶ」ということだと思います。
そのプレイは「遊び」か「犠牲」か
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