元P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)のマーケターで、2023年3月16日にアサヒビール社長に就任予定の松山一雄専務が強化してきたのが、テストマーケティングだ。その手法で生まれた商品が売れている。その名も「YORU BEER(ヨルビール)」。覚醒作用がある「コーヒー」を夜に飲まれることが多い「ビール」に入れるという、ビールらしからぬ商品だが、22年12月の発売以来、売り上げは想定の約1.5倍と好調だ。成功要因は、3時間にものぼるn=1への消費者インタビュー調査と、その結果に基づく商品の便益と一致させたパッケージデザインにある。

22年12月6日にセブン-イレブン限定で発売された「YORU BEER」。両面に異なるデザインが施されている(画像提供/アサヒビール)
22年12月6日にセブン-イレブン限定で発売された「YORU BEER」。両面に異なるデザインが施されている(画像提供/アサヒビール)

 22年秋、YORU BEERのパッケージを決める会議は大詰めを迎え、アサヒビールの会議室は張り詰めた空気で満ちていた。全く異なる2つの最終候補で悩んでいたアサヒビール新ブランド開発部の河口莉子氏が、決定案を発表する日だったからだ。本記事では仮に、一方を夜の街並みや星空をイメージした「夜デザイン」、もう一方をコーヒーっぽさやリラクゼーションが感じられる「コーヒーデザイン」と呼ぶ。

 席に着いた河口氏が「こっちにします」と発言し、「コーヒーデザイン」を指さすと、会議室に拍手が巻き起こった。マーケターにとって、パッケージデザインの選択は商品を作る上でのハイライトだが、多くの企業では、担当者の主観的なセンス任せになりがちだ。河口氏の決断を後押ししたのは、消費者インタビューでの声だった。売り上げが販売前の想定の約1.5倍と好調な理由は、ここにある。

河口氏が決めかねていた、全く異なる2つの最終候補に近いイメージ画像。夜の街並みや星空をイメージした案(左)と、コーヒーっぽさやリラクゼーションが感じられる案(右)(画像/shutterstock)
河口氏が決めかねていた、全く異なる2つの最終候補に近いイメージ画像。夜の街並みや星空をイメージした案(左)と、コーヒーっぽさやリラクゼーションが感じられる案(右)(画像/shutterstock)

パッケージと商品の便益の一致が勝因?

 パッケージデザイン作りの基となるYORU BEERのコンセプトは、「夜という、自分のための大切な時間に、ゆっくりリラックスしながら飲むビール」だ。中身は、エスプレッソのような深いコーヒーの味がする黒ビール。パッケージを作る際に抽出されたキーワードは「夜」と「コーヒー」だった。前者はパッケージデザインの両案、後者は「コーヒーデザイン」に反映されている。

 一見、どちらの案もYORU BEERにマッチしているように見える。河口氏は、なぜ最終的に「コーヒーデザイン」を選ぶ決断をしたのか。決め手となったのは、消費者インタビューを聞き直し、それぞれの案で商品を発売した場合に消費者に伝わるブランドコンセプトや商品価値を細かく整理し、比較したメモ(下図)だ。

実際にデザインを検討した際のメモ。これらは最終候補に絞り込む前の段階。A案は夜デザイン、B案はコーヒーデザインを指す。A1、A2など、それぞれ微妙に異なる複数の案がある中で、さらに絞り込んでいった(画像提供/アサヒビール)
実際にデザインを検討した際のメモ。これらは最終候補に絞り込む前の段階。A案は夜デザイン、B案はコーヒーデザインを指す。A1、A2など、それぞれ微妙に異なる複数の案がある中で、さらに絞り込んでいった(画像提供/アサヒビール)

 これらのコメントから導き出されたある重要な消費者インサイトが、パッケージ選定の突破口となった。

 メモにあるコメントは、2つのパッケージデザインを消費者インタビューで評価してもらい、そこでもらったものだ。メモの色は黄色が情緒的な評価、青が味などの機能的な評価、ピンクがビールカテゴリーとしての意見、緑が同時発売した「ホワイトビール」との親和性、グレーは懸念点や問題点だ。

 「『夜デザイン』の場合、どのような人が主要顧客層となり得るか、パッケージを見たときにどんな味を想像するか、実際に飲んだときにどのような感情になるか(飲む前のイメージとギャップはないか)など、消費者インタビューを思い出しながらそれぞれをまとめて比較していった」(河口氏)

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