米最大級のスポーツイベントといえば、プロフットボールNFLの王者決定戦「スーパーボウル」。全米各地の人々が画面を通して見るのは試合だけではない。スポンサー各社がこの日のために用意した独自のテレビCMにも大きな注目が集まる。各ブランドや広告関連会社が、いかに魅力的なCMを生み出すかを競う“マーケティングの祭典”としての側面も持っているのだ。その内容を2022年と比べると、米国の消費やビジネスの変化が如実に見えてきた。
1960年半ばに始まり、2023年で第57回を迎えたプロフットボールNFL最大のイベント「スーパーボウル」が2月12日、米アリゾナ州グレンデールで開催された。カレンダーに印を付けて開催日を心待ちにし、当日は友人や家族とパーティーをしながらゲーム観戦を楽しむ。米国人にはそんな習慣が根付いており、毎年2月上旬の風物詩になっている。
スーパーボウルは米国人口の3分の1に当たる1億人以上が観戦するといわれる。白熱するアメフトの試合のみならず、スーパーボウルが多くの人々を引きつける理由は他にも2つある。1つは前半戦と後半戦の間の休憩時間に開催される有名アーティストによるハーフタイムショー。もう1つが試合の合間に流れるテレビCMである。
映画顔負けの特撮にセレブやアーティストを起用した話題づくり、テレビ番組のパロディーなど各社が趣向を凝らしたCMをスーパーボウルのために準備する。「(スナック菓子の)ドリトスのCMが毎年面白い。緊張感のある試合とのギャップでリラックスできる」。地元のアリゾナ州から家族でスーパーボウルの会場を訪れていたジェニファー・ベーンさんはそう話す。
曲作りに悩むミュージシャンがドリトスの形状に触発され、楽器のトライアングルを曲に取り入れると大ヒットとなる。ダンスやファッション界にも三角形ブームが広がり、ついにはペットの犬の頭まで三角形に――。23年はドリトスを販売する米フリトレーがそんなCMを見せた。
「動画配信サービスの台頭でテレビ放送のCM効果は薄れているが、スーパーボウルは別だ」と広告やコミュニケーション学を研究するボストンカレッジ准教授のマイケル・セラジオ氏は説明する。普段はCMなど見向きもしない視聴者も、エンターテインメントの1つとして、トイレに立つ時間も惜しんでCMを楽しむ。「友人や家族との間で大きな話題となる」(セラジオ氏)からこそ、広告主は30秒の広告スポットに何百万ドルも支払う。
CMの内容は、スナック菓子のほかファストフード、ビール、車、映画や連続ドラマといかにも米国人の生活を象徴する商品が多い。各社が膨大なマーケティング費用をかけて生み出すスーパーボウルのCMは、米国におけるビジネスや消費動向の縮図であり、さまざまなブランドや広告関連企業がしのぎを削るマーケティングの最前線ともいえる。
CMの内容を22年と23年で比べると如実に変化が分かる。暗号資産(仮想通貨)分野での変化が顕著だ。米FTXトレーディング、米コインベース・グローバル、シンガポールのクリプト・ドットコム。22年は一部で「クリプト(暗号資産)ボウル」と呼ばれたほど、関連企業が多くのCMを出していた。
FTXはその後、顧客が預けた資金を投資に使い込み、22年11月に経営破綻。仮想通貨市場は冷え込んだ。23年のCMを見ると、FTXはもちろん、コインベースなど他社も姿を消している。
23年は、メタバース関連スタートアップの米リミットブレイクが果敢にCMを出した。CMの画面上に表示されたQRコードをスマートフォンで読み込むことで、NFT(非代替性トークン)を発行して配布するというもので、30秒のCMのために650万ドル(約8億7000万円)の広告費を支払ったという。Web 3やNFTなどのネットの新しい活用法が23年に広がるかを占う試金石ともいえそうだ。同社にコメントを求めたが執筆時点で回答は得られなかった。
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