分厚いトンカツにジューシーなチャーシュー、角煮、ショウガ焼きと、家庭の食卓に欠かせない豚肉。牛肉より割安なこともあって需要は高いが、いまだに養豚場は科学的な生産管理が進まず、利益を出すのが難しい生産者も多い。そんな業界にメスを入れるのが、スタートアップのEco-Pork(エコポーク、東京・墨田)だ。養豚場をアップデートし、先進的なアニマルウェルフェア(動物福祉)の対応も進める。AI(人工知能)などテクノロジーを総動員する、その仕組みとは。
養豚業界はデジタル化の“劣等生”
豚肉の市場規模は、ソーセージやハムなどの加工品を除く生肉だけでも世界で約40兆円、国内は約6000億円に上るといわれている。だが、この巨大市場はいくつかの課題に直面していると、Eco-Pork創業者兼代表取締役の神林隆氏は話す。
「1つは世界で人口が増え、中国や東南アジアなど新興国の経済発展に伴う肉の需要拡大に供給側が追いつかなくなっていること。もう1つが、豚などの家畜の育成には餌が大量に必要で環境負荷が高いため、いずれ植物肉や培養肉に取って変わられる可能性があること。このままでは将来、おいしい豚肉が高級品になって多くの人は食べられなくなってしまう」
一方、国内の生産者も課題を抱えている。多くの養豚場では、従業員1人が平均1000頭もの面倒を見ているという。それにもかかわらず、養豚に関わるデータを収集、分析して科学的に生産管理を行っている生産者は少なく、人力に頼るばかり。むろん、現場では様々な無駄が生じている。
例えば、出荷時の豚の体重が96~116キログラム(2023年からは121キログラムまでに改定)の規格に収まっていると“上物”として評価され、1頭当たり最大4万8000円程度で取引される。だが、平成から令和にかけて上物率が50%を超えたことはないという。巨漢の豚を人の手で体重計に載せるのは至難の業。この作業を行うたびにストレスで豚の体重が1キログラムも減ってしまうこともあり、いまだに豚の体重は「目視」で推定することが多いからだ。
「規格外」になると、取引価格は1頭当たり4万円程度に減額されてしまう。餌代など繁殖や肥育にかかる原価はおよそ4万円。これでは養豚場の利益はなくなる。「すべての農家はこうした問題や改善すべき点を認識しているが、これまで対処できなかった」と、神林氏は言う。
他の食領域では、例えば野菜などはデータを活用して生産管理を行う植物工場が広がり始めている。魚の養殖に関しても、陸地に設けられたデータドリブンなプラントでサーモンなどを生産する陸上養殖が始まり、スーパーなどで流通している。それらに対し、養豚業界は大きく後れを取っており、「デジタル化の劣等生」(神林氏)となっている。
AI豚カメラで“上物”を選別出荷
こうした養豚業界の課題をデータとデジタルの力で解決しているのが、他ならぬEco-Porkだ。同社は、まずICT(情報通信技術)の基盤として養豚に関連するすべての作業記録をデータ化し、従業員間で共有しながら一元管理できるクラウドシステム「Poker(ポーカー)」を開発。18年から提供を始め、既に母豚数換算で国内全体の約10%に当たる70以上の生産者が導入している。
Pokerを活用すると、種豚、肉豚の飼養頭数や日々の作業進捗状況などがダッシュボードで把握できる。こうして豚舎の「今」を可視化することで、問題点の発見や改善につなげやすくなる。
例えば、母豚群の妊娠状況、分娩予定の把握や種付け頭数の平準化、あるいは妊娠していない母豚を一覧化して発情期の見逃しをなくしたり、前のお産時に白子(死産)が多かった母豚をリストアップして優先的に分娩介護を実施したりすることも可能だ。「分娩回転率や生存産子数が向上すれば、それだけ生産効率もアップする」と神林氏は話す。
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