1990年代後半以降、加速度的に縮小している出版市場で、中堅出版社のスターツ出版が飛躍的な成長を遂げている。新レーベルを続々と創刊し、ヒット作を連発。書籍の書店店頭売り上げを着実に伸ばし、書籍コンテンツ事業の売り上げは、5年間で約3倍に成長した。児童文庫では大手と肩を並べるほど書店の棚面積を拡大したという。勝因はどこにあるのか。菊地修一社長ら同社幹部に聞いた。
出版業界で不況が叫ばれ始めて20年あまり。出版物の販売実績は1996年の約2兆6000億円をピークに右肩下がりとなり、現在は当時の約6割にまでダウンした。出版社数や書店数の減少も顕著で、市場環境は悪化の一途をたどっている。
だが、スターツ出版の菊地修一社長は、「逆張りの発想をすれば、いまだに1兆6000億円ものマーケットがあるということだ。この縮小市場では新規参入もほぼ考えられず、もともとシェアの小さい当社は戦略次第でシェアを拡大できる可能性が高い」と話す。その言葉通り、2017年12月期に43億円だった同社の売り上げは、22年12月期に業績予想で65億円(21年12月期は55億円)に成長している。
同社の事業構成は、メディアソリューション事業と書籍コンテンツ事業の2本柱。前者では、飲食店や宿泊施設などのオンライン予約サービス「OZのプレミアム予約」の送客手数料ビジネスをはじめ、WEBメディア「オズモール」や雑誌「オズマガジン」といった女性向けメディアの発行、SNSコミュニティー「東京女子部」などを活用した宣伝・販促ビジネスを展開する。いわば、お出かけ需要向けのビジネスだ。
対して、後者は小説投稿サイトを起点とした紙・電子による書籍やコミックの発行を担っており、巣ごもり需要に対して強みを持つ。元来、両者の売り上げ構成比は6対4でメディアソリューション事業が大勢を占めていたが、新型コロナウイルス禍以降このバランスが逆に転じた。その理由について、菊地氏は「大規模な人事異動によって書籍コンテンツ事業部の人材を厚くし、新レーベル創刊を加速する方向へ舵(かじ)を切ったことが功を奏した」と語る。今や書籍コンテンツ事業は、主力だったソリューション事業のコロナ禍前の実績をしのぐほどだ。
どのように書籍コンテンツ事業の売り上げが拡大したのか。きっかけは「TikTok売れ」だ。16年にスターツ出版文庫から出版した『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら』(汐見夏衛著)が期せずしてTikTokで拡散されたのだ。発売から3年後の19年、1つの投稿を機に突如として中高生の間で脚光を浴び始め、瞬く間に在庫が完売、重版を繰り返すこととなった。コメント欄には「とにかく泣ける」「生まれて初めて紙の本を読んだ」「体の中の水分が全部なくなるくらい泣いた」など称賛の声が無数に上がり、それまでスマートフォンやタブレットで読書をしていたデジタルユーザーたちが紙の本を求めた。
やがて、その現象は「スターツ出版文庫」というレーベル全体に波及し、連鎖的に販売数が伸長。「中高生の間で『スターツは泣ける』とのイメージが定着し、手に取ってもらえる機会が増えた」(菊地氏)。20年末からはTikTokの自社公式アカウントで「感想お聞かせください」と添えて、音楽と表紙や挿絵をアップしている。ミュージックビデオのような短いメッセージが中高生の心を動かし、書籍購入につながっているという。
菊地氏は「10~30代の若者はデジタル機器を使った読書が常態化しているが、それは紙の本のすばらしさを知らないからにすぎない。紙の本は電子では得難い感動が得られ、人生を豊かにしてくれる。その価値に気付けば、間違いなく魅力にはまるはずだ。デジタルネーティブを狙えば、ブルーオーシャンを開拓できる」と強気だ。
この記事は会員限定(無料)です。