PodcastやVoicyなどの音声コンテンツ配信プラットフォームが好調だ。これに伴い、企業がオウンドメディアの1つとして、これらを用いて情報発信するケースが増加している。その内の1つが資生堂(東京・港)の研究・開発拠点「資生堂グローバルイノベーションセンター:S/PARK(エスパーク)」だ。実はこの番組では自社商品の宣伝はほとんどされない。それよりも累計60人以上の社員が話すコンテンツでリスナーの心をつかんでいる。企画担当者の話から、運営する側と見る(聴く)側の両方にとって、疲れないオウンドメディアのつくり方が見えてきた。
「会社内でも前例が無いことだった」。資生堂 みらい開発研究所の斎藤雅史氏は振り返る。「社内の誰に許可をもらえれば、実行できるのか。最初はそこから自力で探す必要があった」(斎藤氏)
S/PARKがPodcastの配信を始めたのは2021年10月。研究所で働く研究員や美容部員と、社内外のゲストが語り合う番組としてスタートした。番組のタイトルは「美のひらめきと出会う場所」。S/PARKのコンセプトをそのまま番組名に起用した。
リスナー数は順調に伸び、23年1月には累計2万人になった。再生回数も伸びている。再生回数は、スタートから1万回を突破するまでに比べ、1万回から2万回を突破するまでのスピードは約2.8倍に加速。今では、リスナーがS/PARKまで足を運んでくれたり、就活生から「企業発なのに作られていない感じがしてすごく好きだ」と喜びの声をもらったりすることもあるという。
なぜ文章でも動画でもなく、音声?
斎藤氏は、自ら発案したオウンドメディアの発信手段として、文章や動画ではなく音声を選んだ理由についてこう話す。「企業の中で、働いている人が何を考えていてどういう人なのかということは、社内外に伝わるべき大事な価値だと思っている。それを伝えるには、音声が最適だった。出演者のパーソナリティーが最も伝わりやすい方法だと感じていた」
動画であれば、話し手の見た目と声の両方が伝わる。しかし、あえて音声だけに情報を絞ることで、声のトーンや話しぶりからその人のパーソナリティーが先入観なく伝わりやすいという。加えて、動画では顔を出しながら話すため出演者が構えてしまい、出演者の素が出にくいこともある。
コンテンツを作る手間が少ないというのも大きなメリットの1つだ。「動画の方が、お金も手間も音声の数倍はかかってしまう」と斎藤氏。
さらに、動画の主な配信先であるYouTubeについてもこう話す。「YouTubeでは、爆発的に伸びているチャンネルの再生回数に見慣れていることもあり、配信後に再生数が少ないと、配信する側は何だか寂しく感じてしまう。それでは継続しづらい。何度もコンテンツを配信し徐々にファンを増やしていくには、動画は向いていないのではと思った」(斎藤氏)
そんな、出演者のありのままを伝えるために生まれた番組「美のひらめきと出会う場所」は、発信する内容も「人」に特化している。普通、企業が発信するオウンドメディアでは、その企業が扱っている商品・サービスの紹介がメインであることが多い。しかし、実はこの番組では化粧品の話はあまり出ない。それよりも、話し手の趣味である読書や料理について話す方により時間を割いている。そんな、「公式感」の薄いコンテンツが逆にリスナーの心をつかんでいるようだ。
「始めた当初のメインの目的は、社内のためだった。そのため、社員皆が話したい内容を話すということを最も大事にしている。それが一番面白くなるし、自分たちにとってもリフレッシュになる」と斎藤氏。社内の人に見て(聴いて)もらうためのコンテンツといえば、社内報のような、社内のシステムから閲覧するものもある。しかしこれでは、「平日の勤務時間中でないと、なかなか読まれる機会が少ないと思った。Podcastなら、仕事中でなくても、休日や散歩中、通勤中などに聞いてもらえる。たまたま耳が暇だったときに、なんとなく聞いてみたら意外とあの人ってこんな趣味があったんだと、そういう風に使ってほしいと思って始めた」と斎藤氏。その後、続けていくうちに、社外からも意外に反響があり、社外の人たちに向けたコンテンツも充実させるようになったという。
今では、資生堂の歴史をまとめたり外部に説明したりする部署のメンバーや、美を科学的な切り口で解説してくれる研究者などを招く回もある。社員の趣味などの話だけでなく、資生堂という会社や「美」に興味を持っている人に求められるコンテンツも加え、バランスを取っている。
「人がいればそれだけでコンテンツになる」
番組を作るうえで特に重要視したことは2つある。⑴社員が素をさらけ出せること、⑵できるだけスモールに始めることだ。
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