ヘアケア・ボディーケアブランド「ボタニスト」を大ヒットさせたI-ne(アイエヌイー)が、シャンプ―ブランドで再び大ヒット商品を生んだ。夜間美容シャンプー「YOLU(ヨル)」だ。「寝ている間にケアできる」というコンセプトがSNS(交流サイト)で話題になり、2021年9月の発売から約1年で販売数はシリーズ累計1000万個を突破。日経トレンディの「2022年ヒット商品ベスト30」でも19位に選出された。オフラインでの泥臭い小売店の棚取り戦略と、SNSを中心としたオンラインでの空中戦の合わせ技がヒットの要因だ。

I-ne執行役員の藤岡礼記マーケティング本部長。I-neの創業メンバーであり、YOLUの開発・マーケティング責任者。営業、商品開発などの経験を経たのち、ブランドマネジメント全般に携わる。「YOLU」のほか、これまでに「BOTANIST」「SALONIA」「DROAS」など多数のブランドを創出
I-ne執行役員の藤岡礼記マーケティング本部長。I-neの創業メンバーであり、YOLUの開発・マーケティング責任者。営業、商品開発などの経験を経たのち、ブランドマネジメント全般に携わる。「YOLU」のほか、これまでに「BOTANIST」「SALONIA」「DROAS」など多数のブランドを創出

 「あなたたちには、やられたよ」。I-ne執行役員の藤岡礼記マーケティング本部長は、元プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で今は大学教授である知人からこう言われたという。その知人はこう続けた。「大手メーカーは、消費者の声に耳を傾けすぎなのだ」。消費者調査をうのみにしない、藤岡氏のマーケティング哲学に口をついて出た言葉だった。

 YOLUの基となるコンセプトは、I-neで年に1度行われる全社アイデアコンテストから出た。2020年に実施されたコンテストでは、全部で50個以上のアイデアが社内から集まった。そこから、開発チームが実現の可能性を、マーケティングチームが市場規模を予測し、半分まで絞った。最終的に残ったのは、健康な髪の毛を保つ「高濃度ビタミンシャンプー」、絹のような仕上がりを目指す「シルキーシャンプー」、そしてのちのYOLUとなる「夜間美容シャンプー」の3つだった。

 次に、これらの商品コンセプトを消費者に尋ねる購入意向調査を実施した。この調査で最も購入意向が高かったのは、シルキーシャンプーで、夜間美容シャンプーは次点だったという。つまり、この購入意向調査で得た定量データからは、夜間美容シャンプーよりもシルキーシャンプーの方が売れる可能性が高いという結果が得られた。

 しかし、最終的に役員会議で選ばれたのは、夜間美容シャンプーだった。それは、他の大手企業がひしめくレッドオーシャン(競争の激しい市場)のシャンプー市場の中で、I-neの勝ち筋を見定めたうえでの決定だった。「定量データのみを判断軸とするのも、1つの正解。しかし、それでは大手企業には勝てない。一風変わったコンセプトの方が面白く、SNSでも話題になりやすい。そんなYOLUの方がI-neらしいだろうという感覚が、役員の間で一致した」(藤岡氏)

 I-neでは、自社独自の価値を生み出すため、「クラフト」「アート」「サイエンス」のバランスについて多く議論を交わすという。経営にはこの3つが必要だとされている。カナダの経営学者であるヘンリー・ミンツバーグ氏が使い出した言葉で、アートは 「直感や感覚を使い創造性を発揮する」、サイエンスは 「数値にもとづき分析・改善を行う」、クラフトは 「質の高いものづくりをする」部分を担っているという。「P&Gが強いのは、サイエンス。つまり、数値に基づいたマーケティング戦略にたけている。一方で小林製薬は、クラフトに強みがある。彼らは製薬会社であり、独自の特許成分という競争性の高い商品力を持っている」(藤岡氏)

 I-neの社員数は約300。打てる施策の数や戦略にかける金額では大手には勝ちにくい。さらに、「企画開発は自社で行っているものの、生産機能は外部に委託しているファブレス(自社に工場を持たない)企業だ。そのため、サイエンスとクラフトのどちらで戦っても、大手メーカーに負けてしまう」(藤岡氏)。これが、I-neが他社よりもクリエイティブ性、すなわちアートにこだわってきた理由でもある。YOLUも、まさにこのクリエイティブ性という強みが生きる商品コンセプトだと踏んだ。

 藤岡氏は、購入意向調査で得た結果を最優先し、販売する商品を決めてしまうことの危うさをこう指摘する。「購入意向調査だけでは、イノベーションは生まれづらい。なぜなら、回答者にとって既視感がある商品にしか高い評価は付かないからだ。人は知らない物には、基本的に悪い評価を付けてしまう傾向にある」。さらに、こう続ける。「商品の評価を、誰にしてもらうかが非常に重要だ。しかし、購入意向調査では、聞きたい相手を選択することが難しい」(藤岡氏)

 もっとも、夜間美容シャンプーも次点に選ばれたように全く需要がないわけではない。消費者への調査をたたき台にしながら、I-neらしいブランドをつくるというマーケティング哲学に基づく最終判断で夜間美容シャンプーの商品化が決まった。

「小売りももうかる価格戦略」が棚を取る秘訣

 こうして誕生したYOLUは、発売から約1年でシリーズ累計の販売数が1000万個を超えた。ヒットの要因は2つある。1つ目は泥臭い「小売り戦略」だ。

連続売上高推移
連続売上高推移 ボタニストに続くYOLUのヒットによって、業績がさらに好調となったI-ne。同社は、22年9月にドラッグストア市場でのヘアケアカテゴリにおいてメーカーシェア(販売金額ベース)が国内2位になった。背景には、一発屋で終わらない、ヒット再現のノウハウが隠されていた
連続売上高推移 ボタニストに続くYOLUのヒットによって、業績がさらに好調となったI-ne。同社は、22年9月にドラッグストア市場でのヘアケアカテゴリにおいてメーカーシェア(販売金額ベース)が国内2位になった。背景には、一発屋で終わらない、ヒット再現のノウハウが隠されていた
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