人手不足や環境問題をはじめ、さまざまな課題に直面する小売り・流通業界。中でも、海外に比べて遅れているといわれるのがデジタル化だ。業界の課題を克服すべく2022年8月31日に始動したのが、国内初というコマース領域特化型ベンチャーキャピタル(VC)ファンド「New Commerce Ventures(ニュー・コマース・ベンチャーズ、東京・品川、以下NCV)。どのようにコマース領域をアップデートしていくのか。
新型コロナウイルス禍で、日本の物販系EC化率は2020年に8.1%へ伸長したが、依然、海外からは後れを取っている。米eMarketerの22年1月調査によると、中国のEC化率は46.3%、米国は16.1%と、その差は歴然だ。
「現状は米国と日本のEC化率にはおよそ7年のタイムラグがある。米国の水準で考えると、日本のEC市場は今後10年ほどで、30兆円以上成長する伸びしろがあるとみている」。そう語るのは、22年8月31日にコマース領域特化型VCファンド、New Commerce Ventures(NCV)を始動した、共同代表の松山馨太氏だ。
松山氏は、「成長のための課題は、小売り・流通業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)化、サステナビリティートランスフォーメーション(SX)化の遅れ」だと言う。コロナ禍で明らかになったオンラインとオフラインの融合をはじめ、少子高齢化による人手不足や商圏の拡大、環境負荷の軽減など、課題は山積している。さらなる変革が求められているのは間違いない状況だ。
海外に目を向けると、米国では既存の大手企業がテクノロジー分野などのスタートアップを買収し、デジタル化を積極的に推し進めている。例えば、「米ウォルマートは、21年度に約5400億円をデジタルシフトに投資し、複数のスタートアップを買収している」(NCVの共同代表である大久保洸平氏)。続けて松山氏も、「海外でデジタル化が加速している要因の1つとなっているのが、さまざまなアイデアや技術を持つスタートアップと大企業をつなぐエコシステムの存在だ」と言う。
代表的なのは、米国のリテール・コマース特化型VCであるCommerce Ventures(コマースベンチャーズ)だ。「Commerce Venturesは、300社以上のブランドやリテール、銀行の経営者、事業責任者をネットワークしており、スタートアップとの協業やサービスの導入などを推進するハブとなっている」(松山氏)
領域特化型VCの強みは、その領域に関する専門知識を持ち、業界の内情や技術に詳しく、人的ネットワークを豊富に持つことでスタートアップの事業成長を確実に支援できることだ。日本にもSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やドローンなどの領域特化型VCは存在しているが、リテール・コマース特化型のVCはこれまでなかったという。そこでYJ キャピタル(現Z Venture Capital)で実績を積んできた松山氏と大久保氏は独立を決意し、New Commerce Venturesの立ち上げに至った。
目指すのは、コマース領域のスタートアップのプラットフォーム
NCVが手掛ける事業は主に4つある。当然ながら、中心となるのがスタートアップへの出資(VC)だ。投資対象は、コマース領域で既存製品を代替するような「ブランド」、新しい顧客体験を提供する「マーケットプレイス」、小売り・流通事業者の業務をサポートするBtoB(企業向け)ソリューションの「イネーブラー(支援者)」の3ジャンル。投資ステージは、シードが初回投資金額1000万~3000万円、シリーズA以降は合計5000万~1億円の投資額を想定し、オールステージに投資する。
「メインの出資対象は、インフラ基盤となるイネーブラーになる見込み。初回は国内の20社前後で、総額20億円規模となる計画」(松山氏)
2つ目は、コミュニティー機能だ。「そもそも日本のコマース領域でのスタートアップ数、VC投資数や金額は海外の10分の1程度で、3年は遅れている。海外にはすでにあるのに、日本ではまだ誰も挑戦していないジャンルもある。まずはそれらのジャンルで起業する人を増やしたい」(松山氏)。松山氏は国内最大のシードアクセラレーター「Code Republic」の共同代表としても活躍してきており、起業家や事業会社向けの勉強会を開催する。
さらに、プレゼンテーション、ピッチや交流会で、スタートアップと企業の交流促進を目指す。「日本で特にDX化が遅れているのは、大企業。スタートアップと大企業をマッチングするイベントなどを開催して、事業成長を支援する」(松山氏)と言う。
3つ目は、不動産会社などパートナー企業との共同事業として提供予定のコワーキングスペースだ。コマース領域では、オフィスだけでなく、商品の撮影をするためのスタジオ、商品を保管する倉庫や配送・物流拠点が必須となる。これまでは、マンションの1室で起業し、規模が拡大するたびにより広いスペースへ移転を繰り返すのが一般的で、コストも手間もかかっていた。そこで、EC関連業務を完結できる施設を提供することで起業時のコスト削減につなげ、「EC系スタートアップが集まるコミュニティー活動の中心地としたい」(松山氏)考えだ。
モデルは米国にある。急成長しているSaltbox(ソルトボックス)は、オフィス・倉庫・配送・スタジオなどを備えたEC事業者専用のコワーキング施設を提供しており、累計で1億4000万ドルを調達。創業した19年の6拠点から、22年度末には15拠点に拡大しており、ニーズは確実にあると見込む。
最後の4つ目が、売上連動型融資(ロイヤルティー・ベースド・ファイナンス、RBF)の提供だ。スタートアップといえど、上場を目指す規模に至らず、VCの投資対象にならない企業も出てくる。そこで、NCVのパートナーとなる金融機関が、未来の売り上げを担保にして即日融資するRBFの仕組みを用意する計画だ(23年開始予定)。いずれは、融資先を経営統合することで価値を高め、IPO(新規株式公開)を目指すことも視野に入れているという。
NCVが注目するコマース5領域とは?
では、世界で今注目すべきコマース系スタートアップはどこか。海外のスタートアップ調査のスペシャリストでもある大久保氏によると、大きく分けて5領域あるという。
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